新世紀無気力昔話其の参
かぐや姫


3年ひと昔と呼ばれる現代においては、昔と言っても過言では無いかも知れません。
2つ繋げて、むかしむかし。
おじいさんがいました。 おじいさんは昔も今もいます。 昔の、それ程でもない昔のおじいさんです。 もちろん今もおじいさんです。

おじいさんは郊外の、粗末ながらも一軒家に独りで住んでいました。 おばあさんはいません。 いた事もありません。 それでも、おじいさんです。
おじいさんは昔はたいそう頭の良い人でした。 お役所にお勤めしていて、それはそれは真面目に働いていました。 近所でも真面目で評判の人でした。 背もそれなりに高く、顔もそれなりに良かったので、お役所の中でも外でも、親切な、けれどもちょっとお節介な人達が、ことある事にお嫁さんを捜してくれました。 けれどもおじいさん、その頃はおじいさんではありませんでしたが、あまりにも真面目すぎて、なかなかうまくいきませんでした。 そうこうしている内に、おじいさんになってしまいました。

おじいさんは今では、毎日単調だけど平穏に過ごしています。 朝は自分で朝ご飯をつくり、昼は時折訪れるお客様に笑顔で応対し、夜は本を読んだり、手紙を書いたりして過ごしています。 過去を振り返る事はあっても、未来を見渡す事はしなくなりました。

おじいさんは真面目な人なので、趣味というものはありません。 パソコンもそれなりに使えましたが、それはお仕事の事ばかりであって、遊びとしての使い方はよく分かりません。 ネットサーフィンもやってみましたが、どうも面白くありません。

ただ、趣味と呼べるかどうかは分かりませんが、時折竹やぶに入る事はありました。 竹やぶに入って何をするかというと、生えている数本を拝借して、竹細工を作ります。 おじいさんの作る竹細工は、なかなか見事なものです。 それならやっぱり趣味なのでしょうが、おじいさんは別に竹細工がそんなに好きでもありません。 ただ、する事が無いので、唯一できる事として、竹細工をするのです。 色んな事を忘れる為に竹をいじるのです。 何かをしている。 目的を持って何かを行っている。 その行為が、おじいさんを非常に安心させるのです。 おじいさんはそれだけ、真面目な人です。

ある日、いつもの様に竹やぶに入り、良い竹を探してうろついていると、やぶの奥の方に一本、綺麗に輝く竹を見つけました。 竹の内側から、まるで行燈の様に輝いていました。 太陽の光が反射しているわけではありません。 間違いなく、竹そのものが輝いているのです。 確かです。 嘘ではありません、と、おじいさんは後に語りました。

輝く竹に近づいてみると、その竹の下に小さな女の子が座り込んでいました。 大きな目と小さな鼻と、きゅっと結ばれた口をした、可愛い女の子でした。 おじいさんはもちろん驚きました。 おじいさんの人生において「意外性」ほど縁の無いものはありませんでしたから、竹やぶに光る竹、そして独りぼっちの女の子など、おじいさんの人生にはあってはならない事でした。 でも現実は目の前にあります。 女の子はじっとおじいさんを見ています。 おじいさんの頭には様々な考えが浮かび、消えていきました。 やがておじいさんは心決めると、「町の美化キャンペーン」で鍛えた腕で女の子を抱きかかえると、そのまま竹やぶから家へと運んでいきました。 おじいんは無口です。 輝く竹は、放っておかれました。

女の子は7つか8つか、そんな位でした。 改めてみるとたいそう可愛い子でした。 ただ、何を尋ねても知らないとしか言いませんでした。 どうして竹やぶに独りでいたのか、どこからやってきたのか、親はどうしたのか、おじいさんはいくつも尋ねましたが、何もかも知らないと返されました。 おじいさんは困ってしまいました。 困りつつも、その非日常性に少しわくわくしていました。 おじいさんはひとまず、女の子の世話をする事にしました。 仕方がない事だと、自分に言い聞かせました。 警察に届け出る事は、なぜか思いつきませんでした。 本当に気付かなかったのだと、後に語りました。 女の子は「かぐや姫」と名付けられました。 おじいさんはそれだけ、南こうせつが好きだったのです。

かぐや姫はおじいさんに可愛がられ、どんどん成長していきました。 おじいさんに育てられたのですから、礼儀も正しく、頭も良く、真面目な子になりました。 町の人には、おじいさんの遠縁の子だと話しました。 町の人もおじいさんの真面目さは良く知っていたので、怪しむ事無く信用しました。 やがてかぐや姫は、町でも有名な美少女になりました。 それにはおじいさんも驚きました。 おじいさんもおじいさんではいられなくなるくらい、美しく育ちました。

しかし、かぐや姫が大きく、美しくなるにつれて、様々な人がかぐや姫をおじいさんから取ってしまおうと現れました。 結婚を申し込まれる程はまだ大きくありません。 やってくる人はおじさんだったり、おばさんだったりしました。 戸籍を調べたいだの、学校を教育を受けさせる義務があるだの、手を変え品を変え、かぐや姫を取って行こうとしました。 おじいさんは気が気でありません。 もはやかぐや姫のいない生活など考えられません。 おじいさんは必死になって抵抗し、かぐや姫にも法律や刑法を教え込んで、悪い、おじいさんにとっては悪い人達から身を守る術を授けました。 かぐや姫は真面目で、おじいさんへの恩も感じていましたので、名誉毀損罪や家宅侵入罪などが適用されるボーダーラインを、悪い人達に話して追い返しました。 悪い人達もかぐや姫の美しさと、頭の良さにはとても逆らえず、すごすごと帰っていきました。 おじいさんはほっと胸を撫で下ろします。 しかしかぐや姫は、いつも何らかの矛盾を、薄々ながら感じていました。

おじいさんの夢のような日々、その崩壊は突然訪れました。
かぐや姫が家を出ると言い出したのです。 かぐや姫はもう13歳になっていました。 家を出て、本当の親や、本当の家を探したいと言ったのです。 おじいさんは酷く驚き、とても辛い思いを感じました。 おじいさんにとってはもう、かぐや姫は竹やぶで拾った子ではありません。 我が子、我が子でもありません。 言葉にできない存在だったのです。 それがおじいさんがずっと結婚しなかった、結婚できなかった理由だったのです。 だから、どうしてもかぐや姫を手放す訳にはいきませんでした。

でもかぐや姫も、どうしても出ていきたいと言いました。 こんな生活はもう嫌だと、嫌だとはっきりと言いました。 おじいさんはとても悲しくなりました。 それでも諦めきれず、必死になってかぐや姫を説得しました。 竹やぶで拾ってやったのは誰だとも言いました。 それはそれで感謝していますと言われました。 親も両親もどこにいるか分からないじゃないかとも言いました。 それでも探したいと言われました。 もしかしたら遠い所にいるのかも知れないぞ、あの、夜空に浮かぶくらい、遠い所にいるかも知れないぞと言いました。 馬鹿にしないでと怒られました。

ついにはおじいさんは諦め、かぐや姫を手放す事にしました。 酷く怒らせてしまったので、最後の夜は一緒に寝てもくれませんでした。 明け方にはもう、かぐや姫は出ていきました。 月に行ってしまいました。 おじいさんは、もう帰ってこない事を知っているので、ずっと泣いていました。 月に、手の届かない所に、行ってしまったのです。 とおじいさんは後に語りました。 警察に。 いつまでも泣いていました。


かぐや姫は、まだ見つかっていません。


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