the shadow of silver
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朝には目覚め、夜には眠る、ごく当たり前の生活。

ただ、彼らの空にはいつも、銀色の魚が泳いでいた。

世界は、水の中にある。

 これは、そんな星の物語。


◇ 星祭り ◇

第1章(1)

第1章(2)

第2章(1)

第2章(2)

第2章(3)

第3章(1)

第3章(2)

第3章(3)

第4章(1)

第4章(2)

第5章

第6章(1)

第6章(2)

第6章(3)

第6章(4)

第7章(1)

第7章(2)

第8章(1)

第8章(2)

第8章(3)

第8章(4)

第9章(1)

第9章(2)

第9章(3)

第9章(4)

第9章(5)








第2章・路地裏の宇宙人、セルペンス



 中央大通りから西へと枝分かれした細い路地に一歩入ると、迷路のように入り組んだ住宅地が広がっている。歪んだ道は縦横無尽に走り、その周囲を代わり映えのしないヤドカリのような家々がひしめき合っていた。馴染みのない者がこの一帯を訪れると方角を見失い、たちまちのうちに迷子となってしまう。この道で良いのか、次の角を曲がれば良いのか、もっと前の道だったのではないか、ここはどこなのか、そもそも何のためにここへ迷い込んだのか。いつの間にやら本来の用事まで忘れて帰る者も少なくはなかった。

 雑貨店『スクルプトル』は、この迷路住宅地の相当奥まった所にこぢんまりと店を構えている。その外観もまた他のヤドカリ群とほとんど変わりがないので、この辺りの住人でさえもその存在を知っている者もあまりいなかった。店の入り口には黒く変色した銀色の小さなプレートに『Sculptor』と刻まれているが、それに気づく者もあまりいない。めざとく見つけるのは、街を冒険の舞台にする子どもたちばかりだった。



 リブラとカイトがここを訪れたのは、夕方にはまだ早い放課後の昼過ぎだった。二人がこの迷路住宅地で迷うことはない。生活範囲の狭い子どもたちは、地図を覚えるのも簡単だ。静かな路地には心地良い波が流れていた。

「ずいぶんと質素な宇宙人だね」

 カイトは辺りを見回しながら言う。人の気配がない路地には、数匹のクラゲが漂っているだけだった。リブラは黙ってうなずくと、赤茶色の古めかしいドアを開ける。取り付けられた鈴の、チリンチリンという冷たい音が店内に響いた。

 店内はしんと静まり返っていた。天井からは等間隔に並んだ黄色い裸電球が薄暗い光を落としている。正面の陳列棚には沢山の石や機械が無造作に並び、右手の壁一面に掛けられた、大小様々な時計がでたらめな時刻を指しながらコチコチと音をたてていた。

 人の気配は、ない。あるのは数え切れない量の品物だけだ。名前の知らない綺麗な石や、用途不明の機械が、順番を気にせず乱雑に並んでいる。どれも一様に古く、独特の個性をリブラたちに誇示している。耳を澄ませば、彼らのささやき声が聞こえて来そうなほどだ。それらが奇妙な均衡で成り立っており、不思議な緊張感が店内を埋めている。店の入り口の前で二人は、じっと立ち尽くしてそれらを眺めていた。

「ここへ来るといつも感じるんだけど」

 リブラがやっとのことで口を開く。

「ぼくはなぜか、どきどきするんだ」

 そう言うリブラをカイトは横目で見る。彼の白い頬は、その発言を認めるかのように薄く紅潮していた。

「張り詰めた緊張感がそうさせるんだろうね」

「緊張感、なのかな?」

「うん」

「緊張感ってどうしてできるの?」

 リブラはカイトに目を向ける。カイトは細い指で眼鏡を整えた。

「難しい質問だね」

「秀才のカイトでも分からないの?」

 カイトが秀才だというのは誇張でも嫌味でもなく、紛れもない事実に他ならなかった。試験の点においては二人の通う学校のみならず、中央局(センター)が主催する全学校統一試験においても常に群を抜いた成績を示していた。しかし、それは所詮彼の能力を数値化しただけに過ぎない。友達のリブラにはそれ以上の頭の良さを、彼の普段の発言や立ち振る舞いから感じ取っていた。ちなみリブラの成績はちょうど真ん中くらいだった。

「……緊張感というのは何もないところからは発生しない。相手がいて、それが自分の平常心を乱す行為により起きるものなんだ」

 カイトは話を始める。

「たとえば学校の教室で皆が遊んでいる時は自然だ。皆口々に物を言い、移動し、笑う。そこには何の緊張感も発生しない。ところがそこにラケルタ先生が入って来て、授業が始まれば、緊張感が産まれるんだ。それはラケルタ先生が授業をするために、皆を黙らせて席に着かせるという力を使っているからだ。口で言わなくても生徒一人一人の頭で、習慣によってその力を受けているのと同じ状態になる。それが緊張感だよ。

 また、別にそれは人間に限ったことじゃない。むしろ動物たちの方がより顕著だろう。水猫(みずねこ)が魚を獲ろうする時は尾と耳を立て、体を低くして、うなるような声を上げる。狙われた魚は動かずにじっと水猫の動向を見続ける。するとその場は、お互いの緊張によって、まるで水の色が変わってしまうほどに、生死を賭けた緊張感が産み出される。緊張感とは、そういうものだよ」

 カイトはそう説明する。分かりやすく身近な例えで説明してくれたが、リブラは分かったような分からなかったような気分だった。

「じゃあ、この店の緊張感は何?」

「何だと思う?」

 リブラは店内を見回しながら考える。壁の時計群からは常にコチコチという音が聞こえていた。二人以外の人間は、見当たらない。生物のいない場所でも緊張感が生まれるかは、カイトの説明には入っていなかった。生物でなければ物だろうか。陳列棚の商品は自己主張が激し過ぎると思う。この商品群が原因だろうか。

「この、棚に並んでいる物のせいかな?」

 リブラが自信なさげに答える。カイトは微笑んで首を振った。

「神秘的な答えだね。それが本当かどうかはぼくにも分からないけど、それならこんな風に乱雑に置かないで、もっと整頓して並べた方がいいんじゃないかな?」

「それは、店の人がいい加減な性格だからじゃない?」

「いや、ここの人はもの凄く神経質だよ」

 カイトははっきりと言う。リブラはますます分からなくなり、こんなことなら最初から質問しなければ良かったとも思った。時計の音が定期的にコチコチと鳴り続けている。それがさらにリブラを落ち着かなくさせた。時計の音……。

「時計?」

 リブラは壁一面の時計を見回した。壁掛け時計もゼンマイ時計も、腕時計でさえも壁に引っ掛かっている。

「そうだよ」

 カイトも時計群に目を向けた。

「ここの時計は長針も短針も、めいめい違う時刻を指している。ところが、秒針だけは全部正確な位置で、同じ感覚で時を刻んでいるんだ。だからコチコチという音は一つしか聞こえない。柱時計の大きな音も、腕時計の微かな音も、軍隊行進よりも整列して鳴り続けている。これがぼくたちに緊張感を与えているんだよ。驚いたことにゼンマイ仕掛けの時計でさえ狂いなく動作している。きっと店主が異常な執念で一つ一つ合わせているんだ」

 カイトは感心して答えた。しんとした店内に時計の音だけが響いている。リブラは眼を閉じて、耳を澄ませて時計の音に集中した。コチコチコチ……。カイトの言う通りその音はあまりに揃い過ぎていて、リブラの神経をウニのように尖らせた。

「さすが……宇宙人だね」

 リブラは眼を輝かしてつぶやく。カイトは呆れた顔でリブラを見た。だがこの理解できない配慮は、店主が宇宙人だからという理由なら納得できるような気がした。



「それで、くだんの宇宙人はどこにいるんだろうね」
 カイトは時計の音を掻き乱すかのように靴音を響かせて奥へ進む。リブラもそれに従ったが、途中、陳列棚に並んだ一つの宝石が眼に留まって足を止めた。透き通るような碧さ。大きくカットされている面の一つが、上からの暗い照明を受けて白く光り、それがリブラの頭の奥を照らしていた。元来、リブラは宝石に興味を示すような少年ではない。だがどういう訳かこの宝石だけには心を奪われてしまった。触れてみたいが、その石の純粋さが汚れるような気がしたので見ているだけにした。石の碧さにその物質以上の冷たさを感じ、鋭く尖った角にわずかな不安を感じる。それもこの宝石に触れられない理由の一つかもしれないと考えた。

「どうしたの? リブラ」

 途中で足を止めたリブラに気づいて、カイトが後ろ歩きをで戻るってくる。リブラの視線の先を追って、彼も宝石を見つけた。

「鉱物かい?」

 そう尋ねたカイトに、リブラは黙ってうなずいた。

「たしかに、ここにある品物にしては綺麗過ぎるね」

 カイトは大して興味がなさそうな顔をしている。

「石の名前、分かる?」

「気に入ったんだね。誰かに贈るのかい?」

 カイトはそう言うと細い指で宝石を摘み、暗い照明に透かした。碧い石は見上げるカイトの眼に水色の影を作る。リブラは首を振る。宝石を贈るような人もいないし、贈り方も知らなかった。

「……『ラベンダー』にしては碧い色が透明すぎるね。『ブルーベリー』にしては、ちょっと反射角度がおかしい気がする……」
 カイトは首を傾げながら、石を元の棚に戻した。

「ぼくは鉱物にはあまり明るくないから、これが何なのかはよく分からない。ただぼくが知る範囲内では、これに該当する名前はひとつしか思いつかないよ」

「何? そのひとつって」

「碧いガラス玉。多分それが正しいと思うよ。こんな店で取り扱っているんだし、大したものじゃないよ」

 カイトの答えにリブラは不服そうな顔を見せる。だが、リブラにしてもそれが間違いだとはっきり言える根拠も自信もなかった。ガラス玉にこれほどの魅力はない、と言い切れるほどの見識眼が自分に備わっているとも思えない。結局、納得できないままその話は終わってしまった。



(第2章(2)へつづく)