the shadow of silver
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朝には目覚め、夜には眠る、ごく当たり前の生活。

ただ、彼らの空にはいつも、銀色の魚が泳いでいた。

世界は、水の中にある。

 これは、そんな星の物語。


◇ 星祭り ◇

第1章(1)

第1章(2)

第2章(1)

第2章(2)

第2章(3)

第3章(1)

第3章(2)

第3章(3)

第4章(1)

第4章(2)

第5章

第6章(1)

第6章(2)

第6章(3)

第6章(4)

第7章(1)

第7章(2)

第8章(1)

第8章(2)

第8章(3)

第8章(4)

第9章(1)

第9章(2)

第9章(3)

第9章(4)

第9章(5)








第2章・路地裏の宇宙人、セルペンス



 時計の音はいまだに続いているが、それも慣れてしまえば学校で聞く時計の音と同じく、全く気にならなくなった。店の一番奥は水が流れずにいるせいか、妙に重く、寂しく感じられた。照明も一番暗い。そこからはさらに、奥の部屋へと続く開け放しのドアが黒い口を開けていた。

 店主の姿はない。おそらくは奥の暗黒の中に潜んでいるのだろうが、そこへ踏み込む勇気もない。二人の少年は互いに見合わせながら、どうしたものかと考えた。

「どうしよう」

 リブラは不安そうな顔をカイトに見せる。カイトは振り向かずに正面を見据えていた。

「どうもこうも、呼び出すしかないよね」

「でも宇宙人だよ」

「そんな訳ないよ」

「カイトも怖がっているじゃないか」

「そんなことないさ」

「でも顔が引きつっているよ」

 リブラにそう指摘されて、カイトはちょっと頬を緩める。だがそれも、どうもぎこちない様だとカイト自身も思った。

「時計の音だよ。それに濁った水、さらには暗い照明。これらがぼくの無意識下に働きかけて、理由のない緊張感を与えているんだ」

「理由はあるじゃないか。宇宙人に会うんだよ」

 リブラも表情は堅いが、どこかそれを楽しみにしている風もある。

「いや、ぼくはここへ来て店主が宇宙人でないことを確信したよ」

「どうして?」

「この雰囲気だよ。なぜ時計の音を合わせて人を緊張させる必要がある? なぜ照明を暗くする必要がある? お化け屋敷だよ。あそこでは照明を真っ暗にして、水を冷たくして、道を狭くする必要がある。なぜなら登場するお化けは偽物だからだ。巨大ガニはハリボテだからだ。それで、入ってくる人間を心理的に恐怖の状態にしておく土台が必要になってくる。お化けが本物だったらその必要はないさ。つまり、ここでもあらかじめ店主が宇宙人ではないだろうかと思わせておかなければならない。それは店主が宇宙人ではないからだ」

 カイトの説明は理にかなっている。リブラは腕を組んでうなった。

「……じゃあ、どうして店主は宇宙人のふりをしているのかな?」

「それは直接本人に聞いてみないと分からないよ」

 ふいに、暗黒の入り口から冷たい水が流れて、奥に何者かが存在していることに気付いた。二人は無言でうなずき合うと、カイトにうながされてリブラが声を出した。

「すみませえん」

 少し上擦った声でリブラは呼びかける。暗黒は、まるで音が全く伝わらない宇宙空間のようにリブラの声を掻き消した。返事は、ない。

「誰かいませんかあ」

 リブラは続けて声を上げる。すると奥から物音がして、はい、という短い返事が聞こえた。落ち着いた男性の声。二人の心臓は時計よりも早く耳の奥で響いている。

 やがて目の前の暗闇に、白い顔がぽかりと浮かび上がった。髪も体もない。顔だけが浮かんでいた。二人の恐怖は最高潮に達し、取り乱したリブラは叫び声を上げて逃げ出しそうになる。かろうじて冷静を保っていたカイトが彼の手を掴み抑えた。

「首、生首……」

 リブラは舌をもつれさせて訴え続けるが、カイトは手を離そうとはしない。

「違うよ」

 銀縁眼鏡の奥の鋭い瞳で、カイトはじっと生首を見続けている。やがて浮かぶ顔がこちらに迫り、照明の下に立った。

「いらっしゃいませ。店主のセルペンスです」

 男の言葉で張り詰めた緊張感が一気に緩んだ。リブラは照明の光を受けるセルペンスを見てやっと気づく。店主は髪も服装も真っ黒だった。それで暗黒の世界では顔しか見えなかったのだ。



 雑貨店『スクルプトル』の店主セルペンスは、リブラが想像していたよりずっと人間らしかった。歳は、外見からではラケルタ先生と同じくらいか、それよりも若く思える。痩せて背が高くて、顔は神経質そうに白くて、面長で、目が細い。手も二本で足も二本、指も五本ずつで少年たちと変わりがない。口に水煙草をくわえているところも世俗的に見えた。

 変わったところといえば、肩まで伸びている長髪が真っ黒だっだ。こんな色の髪はいままで見たことがない。大抵はカイトのように白色か、リブラのように所々灰色がかっているか、コルブのように銀色であるのが普通だった。それと瞳の色も碧や緑ではなく真っ黒で、不思議な光を帯びている。こんな色で果たしてちゃんと物が見えるのだろうかとリブラは思った。

「ぼくに何かご用かな?」

 セルペンスから静かに尋ねられて、リブラは返事に迷う。出し抜けに、あなたは宇宙人かと尋ねるのもおかしい。だがそれ以外に、この男に尋ねることも特にはなかった。

「はじめまして。ぼくはカイトと申します。こちらは友人のリブラです。この店には度々立ち寄らせていただいています」

 カイトは丁寧に言って、軽く頭を下げる。セルペンスは少年らしからぬ挨拶にいささか戸惑いながらも、それはどうも、と返した。

「気に入ってくれたかな」

「はい。なかなか他の店にはない、奇妙な物が揃っていますね」

「ぼくはこういう物が好きでね。店も趣味みたいなものなんだ」

「まさに。独特の趣が感じられて楽しいです」

 リブラは宇宙人と対話を試みるカイトの勇気に少し尊敬する。ただ、そう思っているのはリブラばかりで、内容は単なる客と店主の雑談だった。

「ただ、ぼくたちはきょう、この店に関する妙な噂を聞いたので、その真偽をたしかめる目的でやって来ました」

 カイトがそう言うと、セルペンスは不思議そうな表情をその白い顔に浮かべた。

「何かな? その噂というのは」

「あまり良い気分のしない噂です。どうか怒らないことを約束してください」

「もちろん。怒ったりなんかしないさ」

「……あの不思議な店で、一番不思議なのは、実は店主だという噂です」

 一瞬にして店内に再び緊張が走るのをリブラは感じた。時計のコチコチ音が再び部屋中に響き渡る。ただ、セルペンスは理解していないような表情を見せていた。カイトは微笑みつつ、しかし、警戒心を緩めずに話を続ける。

「具体的には、店主はこの星の人間ではなく、別の星からやって来た宇宙人らしいという噂です」

 リブラもセルペンスの表情をじっと見ている。店主は黒い目をやや大きくして止まっていたが、やがて緊張の糸を断ち切るよう笑い出した。それを聞いてカイトも声を上げて笑う。水の温度が急に温かくなったように感じる。つられてリブラも笑ってしまった。

「何かと思えば……面白いことを言うね」

 水煙草をくわえたまま、セルペンスは楽しそうな笑顔を見せている。その表情からは何の含みも感じられなかった。

「ぼくもそう思います。ところがこちらのリブラはそれを信じて疑わなかったのです。多分いまも半信半疑だと思います」

 カイトが笑顔でそう言うと、リブラは何だか恥ずかしくなって顔を伏せる。だがセルペンスに怒られなかったことに胸を撫で下ろした。

「ぼくが、宇宙人か」

「ごめんなさい」

 リブラは素直に頭を下げる。宇宙人と言われて喜ぶ人もいないだろうと思ったからだ。セルペンスは笑顔のまま首を振る。謝る必要などないということだ。

「でも、その髪と瞳の色には驚かされました」

 カイトが言う。どうやら彼も気になっていたようだ。

「色を変えるにしても奇抜すぎます。ぼくもまさかと疑ってしまいました」

「ああ、そうか」

 セルペンスは目線を上げて自分の前髪を見る。

「珍しいだろうね。それで宇宙人だと思われたのかな」

「そう思います。ポラリス中を探してもそんな人はいないでしょうから」

「なるほど。どうしてばれたのかと思ったよ」

「……え?」

 少年二人の笑いが一瞬にして止まった。店には時計の音と、セルペンスの静かな笑い声が響いた。

「……ばれったって、宇宙人が?」

「もちろん、そうだよ」

 セルペンスは笑顔のままうなずいた。



(第2章(3)へつづく)