the shadow of silver
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朝には目覚め、夜には眠る、ごく当たり前の生活。

ただ、彼らの空にはいつも、銀色の魚が泳いでいた。

世界は、水の中にある。

 これは、そんな星の物語。


◇ 星祭り ◇

第1章(1)

第1章(2)

第2章(1)

第2章(2)

第2章(3)

第3章(1)

第3章(2)

第3章(3)

第4章(1)

第4章(2)

第5章

第6章(1)

第6章(2)

第6章(3)

第6章(4)

第7章(1)

第7章(2)

第8章(1)

第8章(2)

第8章(3)

第8章(4)

第9章(1)

第9章(2)

第9章(3)

第9章(4)

第9章(5)








第2章・路地裏の宇宙人、セルペンス



 時計の音だけが響く『スクルプトル』の暗い店内に、リブラとカイト、そしてセルペンスがいる。セルペンスはなんだかよく分からないがニヤニヤと笑っている。カイトはそれを怪訝そうな顔で見つめている。リブラは、この澱んだ水の流れに慣れないままでいた。恐らくこの店から一歩外へと出れば、晴天の空が見える迷路住宅地の一角へ戻れるのだろう。でもいまはその端すら見えず、本当に戻れるのかどうかも分からなくなっていた。

「本当に、宇宙人なんですか?」

 リブラはあらためて尋ねる。声が微かに震えていた。

「宇宙人。宇宙人というのは、宇宙に存在する人間の総称だよ。だからぼくも君たちも、この星に住む人間も宇宙人の一人になるんだよ」

 セルペンスは澄んだ声でそう答えた。なるほど、彼はそういう考えなのだ。彼はそう言いたかっただけなのだ。リブラは自分にそう言い聞かせた。

「だから正確には、ぼくは異星人ということになるだろうね」

 だが店主は、やはり別の星の人間だと主張した。

「……証拠は、ありますか?」

 カイトは疑いの眼差しを向けて尋ねる。絶対に信用しないという意思を投げかけていた。

「そうだなあ。宇宙船は壊れてしまったし、ぼくも記憶が曖昧だし、外見も君たちとそう変わらないみたいだし」

 セルペンスはやたらと楽しそうにしている。カイトは表情を変えずに首を振った。

「それでは納得できません」

「事実に納得は不要だよ。でも、そうまで疑うのなら……」

 セルペンスは細い腕を伸ばすと、陳列棚に並べられた、装飾の派手なナイフを手に取った。カイトはとっさに身構えて、リブラは後ずさりする。セルペンスはそれを見てまた不敵に笑った。

「外見は似ていても内臓は君たちと少し違うらしい。ぼくは水中では生きられない体をしているんだ。これがないとね」

 セルペンスは口から水煙草を離し、少年たちに少し見せると再びくわえた。右手にはまだナイフを持っている。束の部分に宝石がいくつかはめ込まれている。よく研がれた銀色の切っ先が鋭利に光っていた。

「水煙草が?」

「いや、これは水中に溶け込んだ酸素を集める機械だよ。ぼくは君たちのように、直接水から酸素を得ることができないんだ。それが証拠だよ」

 セルペンスの説明は、リブラにはよく分からなかった。

「貸して、見せていただけますか?」

 カイトはセルペンスの口元を見て尋ねる。

「自分の命を渡す訳にはいかないな」

「それじゃ、そんなのは証拠になりません。信用できません」

 カイトはナイフを持つ相手の発言をきっぱりと否定する。すごい勇気だとリブラは思った。

「じゃあ証拠を見せてあげよう。ぼくの星の人間は、水ではなく空気に囲まれた世界で暮らしているんだ。空気というのは酸素や窒素、二酸化炭素などの総称だ。空気の世界では水の浮力がないから、人間の運動量はこの星の何倍も必要になる。その運動に耐えるには、君たちよりも数倍の酸素を消費し続けなければならない。するとその酸素を全身に巡らせる赤血球の量も多くなる。つまり……」

 セルペンスはそう言うと、突然、右手のナイフを左の手の平に突き立てる。そして二人の少年が息を呑む間もなく、一気にそれを真横に引いた。手の平の肌がぱっくりと裂けて、真っ赤な血がとくとくと溢れ出す。血は辺りの水に混じりはじめた。

「……血の色が、ずいぶんと赤いだろう?」

 セルペンスは血まみれの左手を顔の横に上げて、ニヤリと笑った。その顔を見た瞬間、二人の少年は叫び声を上げて逃げ出した。陳列棚にぶつかり何かが割れる音がする。それでも二人は狭い店内を走り抜け、入り口のドアを出た。夕焼けの赤い空が二人を照らしたが、少年たちはそれに落ち着くことなく、必死で走り続けた。

 リブラは泣きそうな顔になり、カイトは必死に歯を食いしばっている。怖い。店から相当離れた場所でやっと走るのを止めて、道の真ん中に座り込んだ、激しく息切れがして、しばらくの間二人は無言だった。たまにうしろを振り返り、店主が追いかけては来ないかとうかがう。そんな気配は感じられず、夕日を受けて小魚の群がキラキラと輝いているばかりだった。塀の上では水猫が、伏せの状態で大きなあくびを漏らした。

「……怖かったね」

 ようやく落ち着いたリブラは隣のカイトに声をかける。カイトは素直にうなずいたが、すぐにそれを恥じるようにぱっと立ち上がり白衣を整えた。

「ちょっと、びっくりしただけだよ」

「でも、やっぱり宇宙人だったね」

「……そんな訳ないさ」

 カイトはそれでも否定してリブラに手を差し出す。リブラはその手を掴んで体を地面から持ち上げた。

「どうしてさ?」

「結局、証拠が見られなかったじゃないか。おまけに見た目もぼくたちと変わらなかった」

「でも黒い髪をしていたよ」

「最近の染髪技術は進んでいるからね。黒に染めるなんて変わっているけど」

「眼も黒かったよ。眼の色も変えられるの?」

「たしかに、眼の色を変えるのは難しい。でも瞳の上に黒いレンズを付けることはできるさ。もちろん真っ黒だったら何も見えなくなるけど、若干透過性のある灰色だったら、元の瞳の色が濃い碧だとしたら十分黒い瞳に見えるよ。店の照明も暗かった」

「血の色は? 真っ赤だったよ」

 リブラはあの光景を思い出して身震いする。自分で自分を切るなんて信じられなかった。

「あれも怪しいものさ」

 カイトはあくまでも信じない。

「……本当にぼくたちより赤かったのかどうか。ただその行為の衝撃と、それまで故意に与えられていた緊張感のせいで、そう見えただけじゃないかとぼくは思う」

「でも、カイトも逃げ出したね。思いっ切り叫んでいたよ」

「あれは……」

 カイトは返答に困る。怖くなかったと言えば嘘になるが、カイトが怖かったのはセルペンス自身であり、彼が宇宙人かどうかは関係なかった。

「ぼくは宇宙人だと思うな」

 リブラは興奮してそう言う。カイトはリブラの肩を、右手で強く掴んだ。

「リブラ、君があの人を宇宙人だと信じても、ぼくにはそれを否定できるだけの証拠がない。だからそれを間違いだとも言えない。でも、もうあの店に行くのは止めろよ。あの店主は何をするか分かったものじゃないよ」

「何をするかって?」

「……今度は君の血の色を見せてくれと言い出しかねないってことだよ」

 カイトの言葉にリブラはまた震えた。



 結局、二人には『スクルプトル』の店主、セルペンスが異星人であったのかどうかを確認することはできなかった。セルペンス自身は異星人だと名乗り、カイトはそれを全く信じなかった。リブラは、どちらの意見も信じ切ることはできなかったが、どちらかといえばセルペンスが異星人であり、店の碧い石が本物の宝石であって欲しいと思っていた。しかし、それもまた願望であり、事実かどうかは分からない。

 夕暮れ時の都市は夜に向けて準備に慌ただしく、空を行き交う魚たちはきょうの寝床を求めて群をなす。少年たちも長くなった影を引きずりながら帰路を歩いた。途中、もしや異星人がナイフを持って追いかけては来ていないかと振り返ったりもしたが、そんな影は全く見当たらなかった。



(第3章(1)へつづく)