the shadow of silver
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朝には目覚め、夜には眠る、ごく当たり前の生活。

ただ、彼らの空にはいつも、銀色の魚が泳いでいた。

世界は、水の中にある。

 これは、そんな星の物語。


◇ 星祭り ◇

第1章(1)

第1章(2)

第2章(1)

第2章(2)

第2章(3)

第3章(1)

第3章(2)

第3章(3)

第4章(1)

第4章(2)

第5章

第6章(1)

第6章(2)

第6章(3)

第6章(4)

第7章(1)

第7章(2)

第8章(1)

第8章(2)

第8章(3)

第8章(4)

第9章(1)

第9章(2)

第9章(3)

第9章(4)

第9章(5)








第4章・都市の傍観者、ケトゥスと双子



 リブラがケトゥスのベンチに向かって足を進めて行くと、老婆もその側にいる小さな子たちもこちらを向いているのが見えた。老婆の下へ来る子は沢山いるが、大抵はリブラが学校や近所で見かけたことのある者ばかりだ。しかし、きょうの二人の顔には見覚えがない。年少のようなので、まだ学校へ入る年齢ではないのかと思った。

「リブラかい。約束通り来たんだね」

 ケトゥスがやや大きな声で、それでも他の人よりはずっと小さな声でそう呼びかける。

「うん。この子たちは?」

 リブラは子たちの方に目を向けて、その顔形がそっくりなのに驚いた。一点の曇りもない大きな瞳は、まるで空を映したかのように碧く、丸みを帯びた頬は可愛らしく桃色に染まっている。小さな口はしっかりと結ばれており、ピシスにも負けない純白の髪は子どもらしく額の真ん中で綺麗に切り揃えられていた。リブラは良くできた人形のようだと思い、どこかで会ったことがあるような気にもなった。

「お前には、この子たちが見えるのかい?」

 ケトゥスは皺に埋もれた小さな眼でリブラを見る。

「見えるって、どういうこと?」

 リブラはケトゥスに聞き返したが、老婆はただ楽しそうに微笑むばかりだった。老婆がこんな顔をする時は、いくら尋ねてもそれ以上は話してくれないのを知っている。それで代わりに双子らしい子どもたちの方を向いた。

「こんにちは。ぼくはリブラだよ。名前は?」

 リブラは年長者らしく笑顔で優しく問いかける。

「カストルだ。眼だけでしか見なくなったら、ぼくたちは見えなくなってしまう」

「ポルックだ。いずれ忘れてしまうだろうけれど、せめてそれまでは覚えておいて欲しい」

 双子は頭に響くような不思議な声で話す。リブラはその言葉の意味がさっぱり分からなかったが、双子の名前がカストルとポルックだということだけは分かった。

「この子たちはどこの子なの?」

 リブラはケトゥスに尋ねる。老婆はふむと言ってリブラに魚の餌を分け与えた。双子もそれぞれ小さな手を差し出したので、それにも餌を乗せた。

「リブラ、この子たちはな、別の星から来たんだよ」

「別の星?」

 リブラは驚いて双子を見る。双子は揃ってうなずくと、魚の餌を口に入れた。その行動にも驚いたが、双子が異星人であることを証明しているようにも思えた。

「この子たちも異星人なの? セルペンスさんみたいに?」

「セルペンスって誰だい?」

 ケトゥスが尋ねる。

「『スクルプトル』の店主さんだよ」

「ああ、あいつかい。変わった奴だと聞いているね」

「お婆ちゃん、あの人も異星人なんだよ」

 リブラはそう決め付けた。

「そうなのかい?」

 ケトゥスは双子に尋ねる。双子は互いに見合わせて首を傾げた。白い髪が少し乱れた。

「違うんだ。じゃあまた別の星の人なのかなあ」

 リブラは街の中に三人も異星人が入り込んでいることに驚いたが、不思議と恐怖は感じなかった。餌を撒くと一斉に魚たちが集まって来る。双子は物珍しそうにそれを見ている。噴泡の隣の時計柱から4時のチャイムが鳴り響いた。

「どうしてポラリスに来たの?」

 別の星へ来るならその目的があるはずだ。まさかこの双子だけでやって来たのではないだろう。

「それならどうして、リブラはここにいるんだ?」

 双子の一人、たしかカストルと名乗った方が妙に大人びた口調で聞き返した。

「どうしてって、ぼくはポラリスに住んでいるからだよ」

 リブラは戸惑う。

「どうして、歌も忘れてこんな濁った都市にしがみつくのだろう」

「そのお陰で夜しか星に帰れなくなっているのに」

 双子のもう一人、ポルックが残念そうに言った。

「逃避者が迎えを怖れて、帰還を逃避と叫び続ける。真実は渦(うず)に飲み込まれてしまった」

「再現のない逃避の繰り返し。しかし、それを悪と見なすだけ、この都市は罪深い」

 双子は互いに話し続ける。その声は次第に大きくなっていた。リブラは何も言えず、ただ唖然とそれを聞かされ続けた。

「ピシスの具合はどうだい?」

 ケトゥスが微笑んで尋ねる。話を止められた双子はいくらか不機嫌な、それでも可愛らしい顔を見せた。

「うん……ぼくたちの前では元気そうにしてたけど、本当は辛いのかも知れない。大好きな絵も描けないみたい」

 リブラはケトゥスに返す。双子の言葉は難しいからか、おかしいからか、どうにも気に入らなかった。

「不憫だねぇ」

 ケトゥスは我が子のように溜め息をつく。老婆にとっては、この都市の子どもたちは皆自分の孫のようなものだった。そして老婆が何よりも悲しんでいるのは、不憫なピシスに比べて、老いた自分がとりあえずは健康でいることなのだが、リブラがそこまで気づくことはなかった。

「絵を描かなければいけないから辛いんだ」

「この世界にいる者がそんな表現方法を用いるのは矛盾しているんだ」

 双子が揃って声を上げる。やはり言っていることはさっぱり分からないが、ピシスの絵画が否定されたのは分かった。

「きみたちはピシスを知っているのか? ピシスの気持ちが分かるのか?」

 リブラは叱るような声で言う。小さな子ども相手に大人げないとも思ったが、双子の年齢にそぐわない口振りにも気に入らなかったし、なによりも筆を折り病床にいるピシスを蔑むような言葉が許せなかった。ところが、双子は怒声に驚きも泣きもせず平然としている。そうなると逆にリブラの方が不安になった。

「少なくともリブラよりは知っているし、気持ちも分かる」

「だが、この星に住むお前たちがそこまで分かり合えるのは、お互いに幸せなことだ」

 双子は無邪気に笑う。

「リブラ、許しておやり。この子たちとは星が違うんだよ」

 ケトゥスが優しく諭す。リブラは自分の怒りが三人に軽く流されたので、これからどうすれば良いのか分からなくなってしまった。ただ、なぜかすぐにこの場から立ち去ってしまいたいような気持ちになった。恥ずかしくなったのだろう。

「……帰るよ」

 リブラはぶっきらぼうに、それだけ言った。

「そうかい。またおいで」

 ケトゥスはいつも通り優しくそう言ってくれた。双子は何も言わない。リブラは老婆にうなずいてから三人に背を向けた。

「リブラ」

 双子の一人、後ろを向いているとカストルかポルックか分からないが、どちらかが呼んだ。リブラは無視したかったが、なぜか振り返らなければならないという強い力を感じて、首だけを曲げて双子の方を向いた。双子は眉を寄せて残念そうな顔をしていた。

「きみはもう、ぼくたちに会えないかもしれない」

「……別の星へ帰るのかい?」

「そうではないけど、そう思ってもらっても構わない」

「きみのほうが、ぼくたちと決別してしまうんだ。それをこの星では成長と呼ぶかも知れないが、ぼくたちに言わせればそれも逃避以外の何物でもない」

「……よく分からないけど、もう会えなくなるんだ。いきなり怒ったりしてごめんよ」

 リブラは双子を見つめる。双子は深くうなずいてから、可愛らしく微笑んだ。リブラはなぜか懐かしい気持ちになる。双子が自分に、何か大切なことを教えてくれたような気がした。

「リブラ」

 カストルがもう一度呼ぶ。

「夜になれば星を見上げておくと良い」

「そうすれば、ぼくたちのことも忘れないでいられる」

 ポルックが続ける。リブラは双子の指示に素直にうなずいた。



 それからもリブラはたびたびケトゥスの元を訪れたが、その日以来、双子に出会うことはなかった。ケトゥスに、彼らは星に帰ったのかと尋ねてみたが、やはり老婆は微笑みながら頭を振るばかりでそれ以上何も言わない。広場にはきょうも魚たちが集まっている。枯れた水中木の並木は新芽が出るにはまだ早く、何の面白みもない。リブラはしばらくの間、昼は魚たちを眺めて、夜は空の星を眺めるようになった。



(第5章へつづく)