the shadow of silver
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朝には目覚め、夜には眠る、ごく当たり前の生活。

ただ、彼らの空にはいつも、銀色の魚が泳いでいた。

世界は、水の中にある。

 これは、そんな星の物語。


◇ 星祭り ◇

第1章(1)

第1章(2)

第2章(1)

第2章(2)

第2章(3)

第3章(1)

第3章(2)

第3章(3)

第4章(1)

第4章(2)

第5章

第6章(1)

第6章(2)

第6章(3)

第6章(4)

第7章(1)

第7章(2)

第8章(1)

第8章(2)

第8章(3)

第8章(4)

第9章(1)

第9章(2)

第9章(3)

第9章(4)

第9章(5)








第6章・学校の中、四つの恋



 翌日の放課後、リブラはきのうのことを告げるためにカイトの机へ向かう。彼は机に頬杖を突いて、窓の外をじっと見つめていた。

「何を見ているの?」

 リブラの問いかけにカイトは答えないまま校庭を指さす。そこには屋上よりは若干大きく見えるラケルタ先生とスピカ先生が、きょうも並んで歩いているのが見えた。

「最近よく見るね」

 このままだと本当に結婚するのかも知れないとリブラは思った。

「リブラ」

「うん?」

 リブラは返事をしたが、カイトは何も言わずに校庭の先生二人をじっと見つめている。リブラが黙って彼の横顔を見つめていると、やがて意を決したように口を開いた。

「きみも知っての通り。ぼくはどうやらコルブに嫉妬しているようだ」

 カイトの方からそう言われてリブラは戸惑う。リブラ自身はやはり全く知らないことだったが、二人ともがそう言うのなら、そうなのだろうと思った。

「気がつけばコルブが他の人間と親しくしているのが気に入らなくなっていた。ぼく自身も驚いている」

 カイトはリブラの方には眼を向けないまま淡々と話した。

「それがピシスに至ってもそうだと分かった時には、さすがにぼくは、自分自身が嫌になったよ。コルブはお見舞いのために訪れているのにね。ぼくはコルブがピシスを好きなのではないか、あるいはピシスがコルブのことを好きなのではないかと考えてしまっているんだ」

 コルブはピシスが自分のことを好きなのだと言っていたが、リブラは言わないままにしておいた。

「もちろん、それならそれで、ぼくがはっきりと言えば問題はないんだが」

 カイトは細い眉を寄せつつ、独り言のようにつぶやき続けていた。

「ピシスは病気に罹っている。しかもこの間見た様子だと、病状もあまり芳しくはないみたいだ。ぼくは、ピシスからコルブを奪うような真似はできない。それは彼にとって心の支えをも奪うことになりかねない。だからぼくは、苦しんでいるんだ」

 話の最後は本当に辛そうな声で語る。しかし、リブラはその半分も気持ちを理解できていなかった。カイトは校庭から眼を離すと、黙ったままでいるリブラの方をじっと見る。その眼からはいつものような知性の輝きは見えなかった。

「どう思う、リブラ。ぼくはどうすれば良いんだ?」

 カイトが自分のことでリブラに相談を求めるのはこれが初めてだった。リブラはなんとかしてやりたいと思い必死で頭を巡らせる。これはカイトが悪いのだろうか。でも、それならこんなに苦しい思いはしないはずだ。じゃあ誰が悪いのだろう。そう考えると不思議なことに、誰も悪くないことに気づいた。ならどうすれば良いのか。カイトを救ってやりたいが、問題の内容も満足に理解しきれていない自分にそんなことはできそうにない。仕方がないので、思い付くままに答えた。

「よく分からないけど、カイトはコルブと仲良くしたいけど、ピシスがいるからそうはできない。なぜならピシスは病気に罹っているからってこと?」

 リブラの発言にカイトは呻るような声を漏らす。改めて人に言われると衝撃も大きかったようだ。

「……そうだよ」

「ふぅん。でもピシスが、こんなことは言うのも嫌だけど、いまよりもっと酷くなって誰とも会えなくなったとしたら、それからカイトがコルブと仲良くなるのはもっとピシスに悪いんじゃないの?」

 リブラの解答にカイトは絶句する。その間が余りにも長かったのでリブラは自分の解答が何か悪かったのかと思うほどだった。しかし、それなら自分に聞くカイトのほうが悪いはずだ。彼は自分の何倍も賢いはずなのだから。カイトは口を結んだままじっとリブラを見ていた。

「……違うの?」

「いや、その通りだ。まさしくその通りだよ」

 カイトは普段より大きな眼でリブラを見ていた。

「ぼくは、そんなことすら気がつかなくなっていたんだ」

「まさか。ぼくに考えられることなんだから、カイトが分からないはずないよ」

「いや、本当に気づいていなかったんだ。それとも、分かっていたのにその結論を出したくなかったのかもしれない。実に驚きだ。うん、リブラも気をつけた方がいいよ。まさしく、恋は人を盲目に陥れるんだ」

「恋?」

 カイトはしきりにうなずく。いまになって初めてリブラは、この話が恋の話であることを知った。しかし、それがどういうものかまではまだ知らなかった。カイトは右手を口元を覆い、考えるような素振りを見せた。

「しかし、それならぼくは、どうすればいいんだろう……」

「分かんないけど、ここで考えていてもしょうがないんじゃない? カイトとコルブと、ピシスで話し合った方が話は早いと思うよ」

 少なくともカイトとコルブの話には共通点はあったので、リブラはそう答えた。カイトは素直にそうだねとうなずいた。

「でもコルブに会うのは……」

 カイトは未だ躊躇している。そこでようやく、リブラは自分の役目を思い出した。

「そうだ。きょう屋上でコルブがカイトを待っているんだ」

「え? 本当かい」

「うん。だから呼んでくれってぼくが頼まれたんだ」

「そうか……分かった、行くよ」

 カイトはそう言うなり席から立ち上がると、真っ直ぐに教室の出口へ向かう。いつになく冷静さを欠いた行動だ。反対にリブラは、いつになく冷静な気持ちで彼の白衣の背中を見つめていた。

「リブラ」

 カイトは急に立ち止まって振り返る。

「ありがとう。きみのお陰だ」

 そして、それだけを伝えるとさっさと教室から出て行った。残されたリブラはただ首を傾げていた。校庭ではまだラケルタ先生とスピカ先生が立っているのが見える。カイトはコルブの待つ屋上へと行った。リブラは一人、群から取り残された魚のような気分になっていた。しかし、自分の発言が間違っていたとも思えなかった。



 その後、リブラには何も知らされないままに、カイトとコルブはあっさりと仲が良くなっていた。その光景は仲が悪くなる前よりも親しげで、リブラは他人事ながら喜んだ。結局ゆっくり話し合えばすぐに解決する問題だったのだ。ただ、そこへ辿り着くまでが難しかったのだろう。二人はピシスとも話し合い、その結果どうやらピシスの方はコルブに恋をしていた訳ではなく、コルブの恥ずかしい勘違だったことも分かったようだ。本当に、恋とは厄介な代物なんだとリブラは思った。

 コルブは以前よりも授業に出席するようになり、カイトは以前よりもどこか表情が垢抜けた。リブラを加えた三人はそれからもよく遊ぶようになったが、時折リブラは、場違いのような感覚を受けることが増えた。そして、楽しそうにしている二人を見ていると、何だか羨ましいような、悔しいような気分に襲われるようになった。リブラは、なるほどこれが嫉妬というものなのかも知れないと気づいた。

 なお、ラケルタ先生とスピカ先生はどうやら本当に結婚することとなったようだ。結局彼らも思いは同じだったから、後はじっくり話し合うだけだったのだ。

 校庭の泡桜は例年よりやや遅れながらも、ようやく芽吹き始めていた。魚も越冬した卵が一斉に孵化したらしく、校庭には砂粒のように細かい稚魚が舞っていた。



(第7章(1)へつづく)