the shadow of silver
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朝には目覚め、夜には眠る、ごく当たり前の生活。

ただ、彼らの空にはいつも、銀色の魚が泳いでいた。

世界は、水の中にある。

 これは、そんな星の物語。


◇ 星祭り ◇

第1章(1)

第1章(2)

第2章(1)

第2章(2)

第2章(3)

第3章(1)

第3章(2)

第3章(3)

第4章(1)

第4章(2)

第5章

第6章(1)

第6章(2)

第6章(3)

第6章(4)

第7章(1)

第7章(2)

第8章(1)

第8章(2)

第8章(3)

第8章(4)

第9章(1)

第9章(2)

第9章(3)

第9章(4)

第9章(5)








第8章・ピシスの描いた世界



 壁のない部屋に四人の少年たちが居る。そのうちの一人は、もうさほど経たない間にこの星から去ってしまう。四人が揃うのはこれが最後になると全員が気づいていた。リブラとカイトとコルブは、ピシスの言葉を一言も漏らさないように意識して、必死に絵に向かっている彼の姿を眼に焼き付けようとしていた。

「コルブ」

「何だ?」

 ピシスの呼びかけに応じて、コルブがベッドに近づく。

「君はすごく心優しい奴なのに、どうしていつもふざけた真似をしているんだい?」

「……別に。これが元々だからさ」

 コルブは胸ポケットから水煙草を取り出し、くわえようとしたが場所をわきまえて止めた。

「吸いなよ。そのほうが君らしい」

 ピシスに首を振って絵筆を動かす。コルブはゆっくりとした動作で水煙草を軽く吸った。いつもより苦かった。

「普段の君が一番君らしい。だけど、もう少し周りと協調性を持てば、君が本当はすごい人間だってみんなが気づくと思うよ」

「……そんなもんかな」

「そうだよ。そうすれば友達も増える。友達が増えればこの世界は何倍も楽しくなる」

「分かったよ」

 水煙草をくわえたコルブは真剣な顔でうなずいた。

「でもその顔はちょっと綺麗過ぎる。みんなが妬むだろうね」

「分かった。もうちょっと変な顔になるよ」

 ピシスはコルブを見て笑う。カイトは呆れていた。

「カイト」

「今度はぼくが怒られるのかい?」

 カイトもベッドに近づいた。

「怒ってないよ。君は凄く頭が良いね。学校の成績もそうだけど、普段の行動や言動のほうがよっぽどすごいことをぼくたちは知っている」

「それはどうも」

「でも、自分の感情表現だけはすごく下手だよ」

 カイトは何も言えなかった。コルブとの関係でそれはよく分かっていた。

「もっと楽しかったら笑えばいい、悲しかったら泣けばいい、気に入らなかったら怒ればいいんだよ。それは恥ずかしいことじゃない。何万字の言葉よりも相手の心に訴えかけられる方法なんだよ」

「……確かに、そうだね」

「それができれば、君はもっと素敵になれる。コルブもそう思っているよ」

 カイトはコルブのほうを見る。コルブは急に名前を出されて戸惑いながらも軽くうなずいた。

「まあ、頭の隅にでも入れておくよ」

「それで良いよ。所詮は病人の戯れ言だ」

「ぼくが頭の隅に入れるというのは、絶対に忘れないってことだよ」

 カイトは真剣な目で言った。

「さて、リブラだね」

 ピシスは素早く振り返る。リブラは顔を強張らせた。

「怖いかい? 何か言われるのが」

「ちょっとね。でも何も言われないほうが嫌だよ」

 ピシスはうなずいてまた絵に戻った。

「君は、ぼくに似ている」

「そう? ぼくはそんなに絵がうまくないよ」

「いつも夢の世界と現実の世界の狭間で生きている」

 リブラは首を傾げた。夢見がちということだろうかと解釈した。

「でも君は、ぼくと違ってこれから何十年とこの現実の世界で生きて行かなきゃならない。そのためにはもっとこの世界を見るように心がけたほうがいいよ」

 変化し続ける世界。リブラもこのままではいけないという気がしていた。しかし、どうすれば良いのかはまだ見つからない。再び軽い頭痛が襲った。

「ぼくは、何をすれば良いの?」

 ピシスなら何か知っていそうな気がした。

「知らない」

「え?」

「ぼくは君と似ているんだ。だけどぼくはこのまま死の星へ行ってしまう。だから君がこれからどうすれば良いかはぼくにも分からないんだ。ただ、この世界をよく見ろと言うくらいしかない。後は、君自身が考えることだよ」

「……それが、成長するってことなのかな」

「多分ね。でもいまの君が失われる訳じゃない。さあできた」

 ピシスは首を曲げて画板をリブラに差し出した。リブラはそれを受け取り眺める。そこには素晴らしく美しい風景が描かれていた。見たことのない世界。地上には草木が繁茂し色とりどりの花が匂い立つ様に咲き乱れている。遠くの方には小さな街の建物が見え、人の気配が感じられる。青い空には沢山の人間と、動物と、魚が、今にも動き出しそうな姿で波に揺れていた。隣で作業を見ていながらも、口で描いたとは信じられないほど繊細な絵画。透き通るような色彩にリブラは吸い込まれてしまいそうになった。

「凄い……」

 リブラは無意識のうちにそう漏らす。カイトとコルブも覗き込んで見入っていた。

「ぼくの最後の絵だ。リブラにあげるよ」

 ピシスは満足そうにほほえむ。その顔には先程までの狂気はなくなっていた。

「そんな、良いのかい?」

「うん。君のために描いたんだよ」

「ぼくのために?」

「その絵があれば、君はいまのままで成長できると思ったんだ。ぼくが死んでもね」

 ピシスはかすれた声で、穏やかに言った。リブラは最後の言葉、死という離れることのできない現実が、決して引き抜くことができないほど深く胸に突き刺さった。今度はリブラが堪らずピシスにしがみついた。美しい絵は床に舞い落ちる。カイトはリブラを引き離そうと手を伸ばしたが、ピシスはいいと言ってそれを制した。

「泣いちゃダメだと思っていたのに……」

 リブラはピシスの薄い胸の中で泣きじゃくった。腕の動かないピシスは首を下げ、リブラの頭に顔を埋めた。

「泣きたい時には泣けばいい。それが一番リブラらしくて、素敵なところだよ」

「……死なないでよ、ピシス。もっと遊ぼうよ。体が動かないなら毎日遊びに来るよ。絶対に、絶対に来るんだ……」

「ありがとう、リブラ。ぼくのために泣いてくれて」

 ピシスはリブラの可愛らしい癖毛に鼻を押し付ける。もう何の匂いも感じられなくなっていた。

「嫌だよ、嫌だよ……」

「そんな事言わないで」

「ずっと会ってよ。もっと話をしてよ……」

 リブラは嗚咽まじりに言い続けた。皆、自分の前からいなくなってしまう。自分だけが残される。リブラはそれがどうしようもなく悲しかった。救いを求めていたのはリブラのほうだった。何度も、何度もピシスの胸に顔を擦り付けた。壁のない部屋にはリブラの泣き声だけが響いている。ピシスはゆっくりと口を開いた。

「会えるよ。ぼくは死んで星になるんだ」

「星?」

 リブラは顔をあげる。目が真っ赤になっていた。

「うん。だからきみは、夜になると空を見上げてぼくの星を見つけて欲しい。そうすればぼくに会えるよ」

「ぼくに探せるの?」

「探せるよ。もうすぐ『渦』が止まるんだ。すると『星祭り』が始まる。この星と、ぼくが旅立つ星が一番近くなるんだよ。ここでも星がいっぱい見えるはずだ。そうなればぼくの星もきっと見つかるよ」

 ピシスは笑った。リブラもくしゃくしゃの顔で笑った。

「でも星がいっぱい過ぎて見つけるのが大変かもしれないね」

「探すよ! 絶対にピシスの星を探すよ!」

「うん。そうしてくれよ」

「見つかるまで探し続けるよ。だからピシスも、ぼくが見つけるまで消えないでよ」

「うん。ぼくはずっとリブラを見ているよ。星祭りが終わってもね」

「約束だよ。絶対に、絶対に……」

 リブラはまたしがみついて泣いた。

「うん、約束だよ、リブラ」

 ピシスは顔でリブラの頭を優しく撫でた。カイトとコルブはいつまでも寂しそうにほほえんでいた。



 その日の夜。ピシスは本当に死んでしまった。



(第8章(4)へつづく)