the shadow of silver
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朝には目覚め、夜には眠る、ごく当たり前の生活。

ただ、彼らの空にはいつも、銀色の魚が泳いでいた。

世界は、水の中にある。

 これは、そんな星の物語。


◇ 星祭り ◇

第1章(1)

第1章(2)

第2章(1)

第2章(2)

第2章(3)

第3章(1)

第3章(2)

第3章(3)

第4章(1)

第4章(2)

第5章

第6章(1)

第6章(2)

第6章(3)

第6章(4)

第7章(1)

第7章(2)

第8章(1)

第8章(2)

第8章(3)

第8章(4)

第9章(1)

第9章(2)

第9章(3)

第9章(4)

第9章(5)








第8章・ピシスの描いた世界



 次の日、三人の少年は一言も話を交わすことなく、揃って葬儀の列を歩いていた。リブラの頭痛は鈍く重い感触が延々と続いている。だがそれが『渦』によるものなのか、悲しみによるものかは少年自身も判断できなかった。長い列は大通りを過ぎて、静かな道を歩き続ける。空がやけに青かった。

 町外れの広場には大勢の人間が集まっている。その大半は学校の子どもたちだった。泣いている子、静かに立っている子、意味が分からず不思議そうな顔をしている小さな子もいたが、重苦しい雰囲気を察してか、はしゃぎ回る子は一人もいなかった。ラケルタ先生は悲しみを必死で抑えて、それでも毅然とした態度で子供たちを誘導している。三角定規を持たないスピカ先生もきょうは静かだった。

 広場の中央には死者を送る石の祭壇が設けられている。その上にはピシスが、きのうまでの苦痛から解放された、とても穏やかな顔で横たわっていた。かたわらにはピシスの母親が、彼の左手を握ったまま遠い眼をして佇んでいる。祭壇の正面には老婆、ケトゥスが立っており、呼ばれた三人の少年は、その後ろに無言のまま立ち止まった。

「何か、言っておくかい?」

 立っても小さいケトゥスは三人を振り返ってゆっくり尋ねる。カイトとコルブは黙ったまま動かない。リブラは軽くケトゥスにうなずくと、ピシスの元へと足を運んだ。荒れた地面には大きな石がごろごろとしていた。

 ピシスは、きのう見た時よりも綺麗で、なぜか健康そうな寝顔を見せている。服も絵の具で汚れたパジャマではなく純白のローブを着ていたが、変に大人びていて、あまり似合っていなかった。胸と腰と足首には太い紐が巻かれて、空へ浮かんでしまわないように祭壇にくくり付けられている。側に立つ彼の母親はリブラの方を見ておらず、まるで心をどこかかに忘れてきたかのようにぼんやりとしていた。

「ピシス、綺麗な絵をありがとう」

 リブラはつぶやくように話しかける。

「ぼくはもう大丈夫だよ。この世界で生きていける。きみのお陰だよ」

 もっと言うべきことがあるはずだった。もっと伝えておきたいことがあると思った。しかし、口に出せば何もかもが陳腐な言葉になりそうに思えた。ピシスはもう何も言ってくれない。リブラはポケットに手を差し込み、碧い宝石の首飾りを取り出す。それはピシスが描いた絵画のように澄んだ色をしていた。

『じゃあまた、誰か旅立つ人にあげるといいよ』

 セルペンスの声が聞こえた。旅立つ人は、目の前にいる。リブラは宝石をピシスの閉じられた目の上で振って見せた。

「絵のお返しに、これをあげるよ。綺麗でしょ? アクアマリンといってね、別の星の宝石なんだ。旅人に幸運を運んで来てくれるんだよ」

 リブラは一人でそう言うと、ピシスの白く細い首に掛けてやる。悲しいくらい、よく似合っていた。リブラはゆっくりと踵を返すと、ケトゥスに向かって深くうなずいて、カイトとコルブのいるところへと戻った。ケトゥスは祭壇に近づくと、ピシスに向かって腰が折れそうなくらい深くお辞儀をした。

「ピシスは天空に昇り星となる。姿は失われようとも輝きは失われず、我らの心に永遠に残される」

 ケトゥスが大きな声で決まり文句を発してピシスに近づく。正気に戻った母親の手から彼の左手をやんわりと離すと、祭壇にくくり付けていた紐をゆっくりと解いた。ピシスの体がふわりと浮かび始める。とても美しい光景だった。

 またたく星よ、照らしておくれ

 ぼくが眠りにつく前に

 誰かが不思議な歌を唄い始めた。誰も知らない歌だったが、誰もがいつか聞いたことのある歌だと思った。童謡よりも前に、子守歌よりももっと前に。リブラはそれが『星祭り』の歌だと、なぜかすぐに分かった。

 黒くて暗いこの空に

 波も心も澄みわたり

 銀の粒を散りばめた

 星の祭りがやってくる

 その声は次第に子どもたちにも伝わり、いつの間にか大合唱になった。誰も知らない歌なのに、みんな続きを知っていた。ケトゥスも、周りの大人たちもそれを止めようとはしなかった。ピシスの体はどんどん空へと昇っていく。魚の群れが、ピシスを避けて流れていった。

 またたく星よ、照らしておくれ

 ぼくが眠りにつく前に

 ぼくが大人になる前に

 ピシスの胸元には碧い宝石が輝いていた。もうかなり小さくなっているのに、その冷たい光だけは長い間リブラたちに少年の居場所を示していた。しかし、やがては空に溶けるように消えてしまう。ピシスの母親はそれでもまだ、息子が消えた空をぼんやりと見上げている。ケトゥスはおぼつかない足取りで、中央局の制服を着た男に手を引かれて祭壇から離れる。ラケルタ先生とスピカ先生は、子どもたちに何か説明をしている。二人とも、とても辛そうな顔をしていた。

 リブラの隣ではカイトが、コルブにしがみついて震えていた。コルブはカイトの耳元で何か囁きながら、白衣の少年の髪を撫でていた。いつまでも泣いていた。彼はやっと泣くことができた。

 何かが、リブラの中で確実に変化していた。それが成長なのだと少年は理解していた。肉体ではなく、精神の成長。いままでのことを忘れる訳ではない。覚えていながらもその捉えかたが変わるのだ。もっと深く、もっと複雑に。単純に楽しめる時は終わった。本当にこの世界が見えるようになってくる。素晴らしいことのはずなのに、リブラはなぜか切なく、悲しかった。しばらくは泣かないことを心に決めていたリブラは、目を大きく開いて見上げた。銀色に光る小さな魚が二匹、ピシスの旅立った空を泳いでいた。



(第9章(1)へつづく)