the shadow of silver
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朝には目覚め、夜には眠る、ごく当たり前の生活。

ただ、彼らの空にはいつも、銀色の魚が泳いでいた。

世界は、水の中にある。

 これは、そんな星の物語。


◇ 星祭り ◇

第1章(1)

第1章(2)

第2章(1)

第2章(2)

第2章(3)

第3章(1)

第3章(2)

第3章(3)

第4章(1)

第4章(2)

第5章

第6章(1)

第6章(2)

第6章(3)

第6章(4)

第7章(1)

第7章(2)

第8章(1)

第8章(2)

第8章(3)

第8章(4)

第9章(1)

第9章(2)

第9章(3)

第9章(4)

第9章(5)








第9章・星祭り



 ピシスが亡くなってから数日経った。生活の一片が切り取られたような感覚を抱き続けているリブラは、授業が始まるまでの間、教室の窓際で校庭をさまよう魚の群を眺めていた。せわしなく泳ぎ回る魚たちはポラリスではあまり見かけない種類だ。進むべき方角を見失っているように見えたが、それを焦っている風でもなさそうだ。やがて五分咲きの泡桜の陰に隠れてしまう。リブラは欠伸を漏らした。

 毎晩遅くまでピシスの星を探しているせいですっかり寝不足になっている。しかし、その甲斐むなしくピシスらしき星はまだ見つからなかった。焦りとともに、もう自分の目には見えなくなっているのだろうかと不安になる。さらに追い打ちをかけるように頭痛も一向に治らない。『渦』がまだ続いている証拠だった。

「眠そうだね」

 いつの間にかカイトが隣に立っていた。左手には分厚い本を抱えている。リブラは小さな声でうんと答えた。

「今朝の魚の大群、凄かったね」

「……何それ?」

 リブラは半開きの眼でカイトを見た。

「知らないの? 渡り魚の大群がポラリスの真上を通過したんだよ。とてつもない数でね、まるで空が低くなったみたいだったよ」

「へえ、そんなことがあったんだ。見たかったな」

 すると先ほど校庭にいた魚は渡り魚だったのかとリブラは思った。

「あれだけの轟音の中で寝ていられたリブラのほうにぼくは驚きだよ。まあ、最近は夜が遅いから仕方ないか」

 カイトに他人事のように言われてリブラは少し気分が悪かった。

「どう? ピシスの星は見つかった?」

「まだ、見つからないよ」

「それは残念だね」

「……カイトは、どうでも良さそうだね」

 リブラは不満を素直に述べる。

「そんなことないさ」

「でも探していないんでしょ?」

「今夜探すつもりだよ」

「……いいよ。無理に探さなくても」

 寝不足と頭痛のせいか、やけに不機嫌なリブラにカイトはほほえみかけた。

「リブラはもう少しラジオや新聞に耳を傾けて、世間の情勢を知っておくべきだよ。今朝のこともそうだけど、どれだけ頑張っていても肝腎な所で大損しかねないからね」

「……なんのこと?」

「気象台の観測では、今夜『渦』が止まって波が完全になくなるそうだよ」

「『渦』が止まって、波がなくなる……」

「そう、波が止まると水の澱みがなくなる。すると夜空の星がたくさん観察することができる」

「星祭りだ!」

 リブラは一気に目が覚めた。

「ご名答だよ。リブラ」

「そうか、きょうだったんだ」

 危ないところだったとリブラは思った。いまの体調では放課後に帰宅してすぐに寝てしまいかねなかった。リブラは両手でカイトの右手を握った。

「カイト、一緒に探そうよ。今夜は絶対に見つかるよ」

「うん。必ず見つかるはずだ」

 頼まれるまでもなくそのつもりだったカイトもリブラの手を握り返す。教室のドアが開き、ラケルタ先生が現れたので二人は話を慌てて席に着いた。



 結局、リブラは星祭りへの興奮はあったものの、鈍い頭痛と激しい睡魔のお陰で授業の大半を夢と現実の境目で過ごしてしまった。目が覚めると途切れ途切れの記憶の断片が頭の上に積まれているのが分かったが、その中からは授業の内容だけが見事に消えてしまっていた。思い出せるのはラケルタ先生が、リブラ君は睡眠学習の最中だから邪魔しないでおこうと言って大きな笑い声があがったのと、スピカ先生が来月に結婚式を挙げると言って大きな拍手があがったのと、二匹の魚か鳥が、一番碧く輝く星を見つけろと言ったのが聞こえたくらいだった。それらもどこまでが事実なのかはっきりしなかった。

「お目覚めですか? 王子様」

 リブラは寝惚けた目で声の方を振り向く。カイトとコルブが隣の席からこちらを見ていた。

「大したもんだな。おれでもそこまで堂々とは寝ていられないよ」

 机に腰かけたコルブ長い足を投げ出して楽しそうに笑った。

「……コルブ、どうしてここに? 授業は?」

 コルブはリブラやカイトとは別の組だ。リブラがそう尋ねると、黒衣の少年は足をばたつかせて笑った。白衣のカイトが教室正面の壁掛け時計を指さす。見ると時計の針はすでに夕方を指している。きょうの授業はとっくの前に終了していた。

「しっかりしてよ、リブラ」

 カイトが困った顔で言う。リブラもそう思った。よく寝たお陰で頭痛は随分ましになっている。眠気はもうなくなっていた。

「そうだ、星祭りだ!」

 素速く椅子から立ち上がると少し立ち眩みがした。カイトとコルブも待っていたとばかりに席を立った。

「どこへ行こうか?」

 カイトが尋ねる。

「テレスコピウムの気象台なら眺め良いかもな」

 コルブが答えた。

「でも、ちょっと遠すぎるよ。」

「ケトゥスお婆ちゃんのところへ行こうよ」

 リブラが提案した。他の二人それに賛成して、三人は勢い良く教室を出た。廊下の水も春らしく温んでいる。校庭に出ると暑いくらいに日射しが強かった。リブラはまるでピシスがいなくなって世界が変わってしまったかのように思えた。頭痛は外へ出るなり少し強くなった。

「『渦』がまだ続いている」

 リブラは空を見上げてつぶやく。渡り魚が泳いでいる。

「分かるのかい?」

 カイトが銀縁眼鏡の奥の鋭い眼を向けた。

「うん。まだ頭痛がするんだ」

「『渦』が止まらないと『星祭り』は始まらないんだろ?」

 コルブが言った。もう午後を大きく回っている。本当に今夜『渦』が止まるのかと三人は不安になった。

「頭痛は大丈夫かい?」

「うん。それは平気だけど……」

「おい、新婚さんがいるぞ」

 コルブは前方を指さす。泡桜の木の下にラケルタ先生とスピカ先生が並んで歩いている。二人の先生も少年たちに気づいて、軽く手を挙げた。

「結婚式のご相談?」

 コルブはスピカ先生に笑いかける。

「授業の話し合いよ」

 スピカ先生はそれでも若干顔を赤らめていた。

「おはよう、リブラ君。よく眠れたかい?」

 ラケルタ先生は穏やかな顔でリブラの碧い瞳を見つめた。その言葉に刺はなかったが、リブラは少し申し訳なく思った。

「ごめんなさい……」

「構わないよ。まだ頭痛もするんだろ? それに寝不足の理由も大体はカイト君から聞いたよ。無理しなくて良いよ」

 ラケルタ先生は優しくそう言った。

「それもきょうまでのようですね」

 カイトがリブラの頭を軽く撫でて、ラケルタ先生に言った。

「ああ、『渦』が止まるらしいね。良かったね、リブラ君」

「はい。それに星祭りもあるんです!」

「星祭りって何だい?」

 勢い良く返答したものの、リブラ自身も星祭りが何なのかは知らなかった。

「『渦』が止まってしばらくは無波状態が続くそうです。それで今夜は星がたくさん見られるようになると聞いています」

 カイトが代わりに答える。リブラはその隣でうなずいた。

「ははあ、それで星の祭りか。うまく名付けたものだ」

 ラケルタ先生は深く考えないで納得した。

「どうだい? ラケルタさんもスピカさんと今夜は星を眺めてみては?」

 コルブは二人の先生に向かってそう言った。スピカ先生はさらに顔を赤くする。授業中では考えられない可愛らしい反応だった。ラケルタ先生は苦笑いしつつ、考えておくよとだけ答えた。

「それで、君たちもこれから星を待つのかい?」

「はい。」

 リブラが返事をする。

「それは結構だけど、あまり遅くまで出歩いちゃいけないよ」

「分かりました。それではぼくたちは失礼します」

 カイトが深くお辞儀をした。

「うん。くれぐれも気を付けてね」

 三人は立ち去って歩き出したが、リブラはふときょうの夢を思い出して、再び先生たちの下へと戻った。

「ラケルタ先生」

「なんだい? リブラ君。」

 リブラは少し緊張する。

「きょうの授業中。リブラ君は睡眠学習の最中だから邪魔しないでおこうって言いましたか?」

「うん? ……ああ、そんなことも言ったね。起きていたのかい?」

 リブラは軽くうなずいてから、今度はスピカ先生の方を向いた。

「スピカ先生。」

「なんですか?」

「きょうの授業中。来月に結婚式を挙げるってお話をしましたか?」

 スピカ先生は少し驚いて戸惑う。隣のラケルタ先生がそれを困った顔で見ていた。

「え、ええ。そんな話もしたわね。」

 リブラはうなずいた。やはりあの夢は事実だったのだ。

「カイト、コルブ。」

 リブラは振り返ると離れた所で立ち止まっている二人の下へ走った。

「碧い星だ! 一番輝いている碧い星だよ!」

「……何が?」

 二人が同時に問いかける。

「ピシスだよ。それがピシスの星なんだ。さあ行こう!」

 リブラはそう叫ぶと二人を追い抜いて校庭をどんどん走り抜ける。残された四人全員が首を傾げた。



(第9章(3)へつづく)