the shadow of silver
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朝には目覚め、夜には眠る、ごく当たり前の生活。

ただ、彼らの空にはいつも、銀色の魚が泳いでいた。

世界は、水の中にある。

 これは、そんな星の物語。


◇ 星祭り ◇

第1章(1)

第1章(2)

第2章(1)

第2章(2)

第2章(3)

第3章(1)

第3章(2)

第3章(3)

第4章(1)

第4章(2)

第5章

第6章(1)

第6章(2)

第6章(3)

第6章(4)

第7章(1)

第7章(2)

第8章(1)

第8章(2)

第8章(3)

第8章(4)

第9章(1)

第9章(2)

第9章(3)

第9章(4)

第9章(5)








第9章・星祭り



 少年たちが噴泡広場に辿り着いた時にはもう太陽はかなり傾き、水温もそれに合わせて次第に冷え始めていた。相変わらず人に賑わい、群衆は緩やかに流れている。いつもより留まっている人が多いのは、少年たちと同じ思いを抱いてここへ来ている者がいるからだろう。人の波をかき分けて中央の噴泡へ向かった。

「あれ?」

 最初に気づいたのはリブラだった。その後すぐにカイトとコルブも異変に気づいて立ち止まった。

「ケトゥスお婆ちゃんがいない」

 ケトゥスが毎日座り続けていたベンチには誰も腰掛けていない。それはこの広場においては異常とも思える光景だった。老婆が家へ帰るにはまだ早い。もちろん、何か理由があって出歩くこともあるだろうが、それでもベンチに老婆がいないのは不自然で、落ち着かなかった。少年たちはとりあえずケトゥスの指定席に腰掛けて、夜と老婆の帰りを待つことにした。

「どこへ行っちゃったんだろうね。お婆ちゃん」

 リブラは少年を老婆と勘違いして集まって来た魚たちに、身振り手振りで餌は持っていないと伝える。

「ケトゥスさんも用事くらいあるよ」

 カイトは空を見上げて返す。その先ではコルブが、空に浮かんで水煙草を吹かしていた。

「この辺りには見えないぞ」

 コルブは上空から辺りを見回して、白い水を吐く。空は夕焼けで赤く染まり始めていた。

「リブラ、頭痛は?」

 カイトに聞かれてリブラはじっと止まって調べる。

「……まだ感じる、少しだけど」

「『渦』がまだ起こっているんだね。そうすると波も……まだあるみたいだ」

 カイトは銀縁眼鏡を整えて状況確認をする。リブラは自分が『渦』の計測器になったような気分がした。

「本当に止まるのかよ」

 コルブは白い水を欠伸と一緒に吐き出す。遠くに見える中央局の頂上が赤く光っている。あそこの屋上に上ればもっと星が見えるだろう。見下ろすと白い服を着たカイトが見える。どうして自分は、カイトのような正反対の人間に惹かれているのだろう。どうしてカイトが、自分のような不真面目な人間を気に入ってくれているのだろう。だが共に惹かれ合っているのならなんの問題もない。深く考えることもできなければ、その気もない。とにかく、そのお陰で学校もこの都市も少しは楽しく感じられるようになってきた。おまけに最近はカイトとリブラ以外の友達も増えてきた。自分の中で何かが変わったのだろうか。それも悪い気はしなかった。

『友達が増えればこの世界は何倍も楽しくなる』

 ピシスの言葉を思い出す。その通りかもしれない。ただ、それを教えてくれた友達は、もうこの世界にはいなかった。

 カイトは道ゆく人の表情を眺めていた。笑っている者や、難しい顔をしている者、理由は知らないが怒っている者までいる。彼らの思考と表情筋との繋がりを分析しようとしたが、思い直してそれを途中で打ち消した。感情を外部に表現することは、そういう考えで身につく行動ではないからだ。冷静でいようとすることがもはや癖となっている。そのせいでずいぶんと損もしていたことを、上で漂っているコルブに教えてもらった。感情を内側に隠し過ぎれば、いつかはそれが破裂してしまう。自分はもっと開かなければならなかった。

『もっと楽しかったら笑えばいい、悲しかったら泣けばいい、気に入らなかったら怒ればいいんだよ。それは恥ずかしいことじゃない。何万字の言葉よりも相手の心に訴えかけられる方法なんだよ』

 ピシスはそう教えてくれた。もしかすると、いままでで一番役に立つ言葉だったのかもしれない。カイトはそう考えると同時に、それを教えてくれた人間の目の前で泣いてやれなかったことを後悔していた。

 リブラは集まって来た魚や海月に餌を持っていないことを謝ったが、彼らは分からずにリブラの周りをぐるぐると回ったり、癖毛の中に身を隠したりしている。ケトゥスが帰って来ないことを困っていると、いきなり噴泡の裏から真っ白な水猫がこちらを目がけて突進してきた。途端に魚は散り散りに逃げ出して、空高くまで泳いでゆく。水猫に襲われる心配のない数匹の海月だけがゆっくりと漂っていた。水猫はしきりに空を見上げて魚を威嚇していたが、やがて諦めるとリブラの膝の上に乗って丸くなる。リブラは水猫の背を撫でながら、彼らの無邪気さを少しうらやましく思った。いや、どちらも無邪気ではないのだが、その行動は人間よりもずっと分かりやすかった。

『夜になれば星を見上げておくと良い』

『そうすれば、ぼくたちのことも忘れないでいられる』

 カストルとポルックの双子はそう言っていた。あの日からずっと夜には星を見上げているが、それがどういう意味かは分からないままだった。たしかに見上げるたびに双子のことは思い出す。しかし、そういうことではないだろう。

『夜になると空を見上げて、星を見るといい。きっとここからでもぼくの星は見えるだろうから』

 セルペンスはそう言っていた。しかし、どの星がセルペンスの星なのかを聞くのは忘れていた。あれは自分を慰めるためだけの言葉であって、本当はポラリスからは見えないほど遠い星なのかもしれない。異星人は無事に星へ帰れたのだろうか。

『ぼくは死んで星になるんだ」

 ピシスはそう言った。

『だからきみは、夜になると空を見上げてぼくの星を見つけて欲しい。そうすればぼくに会えるよ』

 ピシスの星は、今夜見えるのだろうか。そもそも星とはなんだろう。ピシスが変化した星とセルペンスが帰った星とは同じものではないはずだ。セルペンスの星は意味が分かるが、ピシスの星はなんのことだか分からない。もしかすると、これが双子が言っていた『眼だけでしか見なくなったら、ぼくたちは見えなくなってしまう』ということだろうか。自分はもう見えなくなっているのだろうか。頭の外側がきりきりと痛む。曖昧なものが消えてゆく。夢の世界が見えなくなってゆく。もう成長を止めることはできない。だからこそ、ピシスの星を見つけておかなければならなかった。ぼくが大人になる前に。都市は不気味なほど赤い夕焼けの光に照らされていた。



(第9章(4)へつづく)