the shadow of silver
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朝には目覚め、夜には眠る、ごく当たり前の生活。

ただ、彼らの空にはいつも、銀色の魚が泳いでいた。

世界は、水の中にある。

 これは、そんな星の物語。


◇ 星祭り ◇

第1章(1)

第1章(2)

第2章(1)

第2章(2)

第2章(3)

第3章(1)

第3章(2)

第3章(3)

第4章(1)

第4章(2)

第5章

第6章(1)

第6章(2)

第6章(3)

第6章(4)

第7章(1)

第7章(2)

第8章(1)

第8章(2)

第8章(3)

第8章(4)

第9章(1)

第9章(2)

第9章(3)

第9章(4)

第9章(5)








第9章・星祭り



 三人の少年が無言のまま空に心を漂わせていると、人混みの中からケトゥスが、背広の青年、マゼランに手を引かれて戻ってきた。

「あ、ケトゥスお婆ちゃん」

 リブラは座っていた席、誰もが認めるケトゥスの指定席を立つ。眠っていた水猫が膝から飛び退いてどこかへと走り去っていった。ケトゥスはゆっくりとベンチに腰をおろした。

「ありがとうね、マゼラン」

 マゼランは老婆の礼に軽くうなずくと、それじゃおれはこれでと言って人混みの中へと消えた。

「どこへ行っていたの?」

 リブラが尋ねる。カイトも老婆の隣で耳を傾けた。上空からコルブが降下してきた。

「うん、ちょっと中央局へね」

「中央局へ? どうして?」

 リブラはなおも問い質したが、老婆はただ微笑むだけで答えを避けた。

「もうすぐ夜になるんじゃないのか?」

 コルブの言う通り、ポラリスの夕焼けは徐々に黒ずみ夜の訪れを伝えている。カイトはリブラの方を向く。リブラの頭痛はもはや痛みに慣れてしまったのか、あまり感じ取れない。カイトに向かって首を傾げて返事をした。

「……星祭りかい?」

 ケトゥスが三人に尋ねる。周りには魚が集まっていた。

「知ってるの? お婆ちゃん」

 リブラは驚き、あらためて老婆の博識に感心した。

「『渦』は、どうですか?」

 ケトゥスの隣からカイトが尋ねる。老婆は軽く顎を上げて空を見た。

「まだ……少しあるようだね」

 ケトゥスの解答に三人は溜め息をついた。老婆は腰に下げた巾着の中から魚の餌を取り出して三人に分け与える。コルブはもらってすぐに自分の頭上に全部投げる。一斉に魚が集まる。餌は彼の頭に落ちる前に全てなくなった。

「ケトゥスお婆ちゃん」

 リブラは少しずつ餌を撒きながら老婆に話しかける。

「何だい? リブラ」

「星って、何なの?」

 リブラのおかしな質問にケトゥスは少し返答をためらう。カイトが代わりに答えようかと思ったが、リブラが求めている解答は自分が答えられるものではないと気付いて、黙って老婆の口が開くのを待った。

「リブラ、どっちの星が聞きたい?」

「どっちのって?」

「街があったり人が住んでいたりする星のことかい? 生き物が死んで空に昇って輝く星のことかい?」

「両方のことだよ。どっちがどっちなの?」

「どっちも同じなんだよ」

「それじゃ、おかしいじゃないか」

「おかしくないよ。それを見る者が違うのさ」

「どういうこと?」

「理屈で考えちゃいけない。理屈はこの世界でしか使えないからね。別の世界のことには使えないのさ。どちらの星も、同じ星。リブラはただ、そう思っておくだけでいいんだよ。それがこちら側の世界にいる人間の限界なんだよ」

 リブラはしばらく考えたが、その通りに理屈で考えないでうなずいた。初めから納得できないものは、最後まで納得できないのだ。

「心配いらないよ。どっちの世界も見える星は同じなんだ。ピシスの星が見えないことはないんだよ」

 ケトゥスは少年の心を読んだようにそう言って安心させる。リブラはそれだけで充分だ。ただ、二人の話を聞いていたカイトは複雑に考え過ぎて、さらに分からなくなってしまった。

「なんか、街の様子がおかしくないか?」

 コルブが不意にそう言ったので、カイトは辺りを見回した。

「『渦』のこと?」

「いや、そうじゃない。街の感じがいつもの夜と違うんだ。なんだろう?」

 カイトは不思議そうに街の様子を眺めていた。もうかなり日は沈み、急速に視界が悪くなっている。そう言えば、まだ宵の口なのにまるで真夜中のように暗かった。

「……明かりが、ない?」

 カイトがそれに気づいた時、突然視界が歪むような感覚に襲われた。何かと思っていると、目の前のリブラが頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「リブラ! どうした」

 カイトがベンチから立ち上がると、なぜか足下がふらついた。『渦』だ。とっさに気づいたカイトは足に力を入れてリブラの前に進んだ。リブラは激しい頭痛に襲われていた。それは割れるような、いや、もう割ってくれというほどの痛みだった。耳の奥から叫び声のような耳鳴りがする。立ち上がれないほど地面が歪んでいる。重い瞼を必死で開けると、ケトゥスも片手で頭を抑えこちらを見ていた。

「……大丈夫だよ。いつも『渦』の最後はこんな風に激しくなるんだ。大丈夫。すぐに終わるからね」

 老婆の言葉を聞いてリブラは少し気を持ち直せた。カイトはリブラの肩に手を置いて落ち着かせようとしている。広場の人混みも一斉に立ち止まり何事かと騒いでいる。空から次々と人が降りてきた。

「何だ? 『渦』が起きてるのか?」

 コルブだけは全く平気にしている。リブラは締めつけるような激痛に涙が止めどなく溢れた。癖毛の頭を掻きむしる。それをカイトの手が力ずくで抑えた。

「痛い、痛い、痛い、痛い……」

 リブラは叫んだが、それが頭の中でのことか、実際に叫んでいるのかは区別できなかった。カイトが大丈夫、もうすぐ終わるはずだからと耳元で叫んだので、実際に口に出していたと分かった。長い時間を耐えているように思えたが、本当はほとんど経っていないのかもしれない。リブラは痛みで意識が遠のいていくのを感じた。

『約束だよ、リブラ』

 薄れていく意識の中で、リブラはたしかにピシスの声を聞いた。たったいま聞こえたのか、記憶の中から再生されたのかを考える気力はなかったが、その瞬間、空から爆音と呼べるほど大きな音がポラリスに鳴り響いた。何かがぶつかる音、何かが壊れる音、広場の全員が驚いて空を見上げる。しかし、そこには何も見えず、数えられる程度の星が黒い空で光っているだけだった。

 都市は一瞬にして静寂に包まれる。リブラの頭痛はわずかな余韻を残しつつも、その元凶は消え失せていた。徐々に頭が軽くなってくる。

「『渦』が、止まった?」

 三人の少年はぽかんと空を見上げていた。リブラにはいつもより空が暗く感じられた。あちこちからざわめき声が聞こえる。

「波も止まったようだね」

 リブラはそう言うケトゥスの方を向いた。ところが近くにいるのに老婆の姿はやたらと見難い。リブラはそこで気がついた。空が暗いだけではなく、街の全体が暗過ぎるのだ。周囲の建物を見ても、明かりのついている建物は一つもない。夜だというのに外灯も点灯していない。ただ一つ、中央の七色の噴泡のみが鮮やかに輝いていた。

「カイト。街の明かりが全部消えているよ?」

「リブラ、空を見ろ! 見ないと一生後悔する!」

 カイトに叫ばれて、リブラは慌てて上を向いた。先程より星の数が増えている。そう思う間にも星は増え続け、やがて黒い空をは星に埋め尽くされた。

「どうなってんだ?」

 コルブが口を開けて見上げている。星はまだ増えていく。

「完全な無波状態になったんだ。空の澱みが澄めば澄むほど、星の数は増えていく」

 カイトの銀縁眼鏡が星の光を反射した。もう空全体が輝きだしている。それでもまだ、そのわずかな隙間を星が埋めていく。

「星祭りが始まったんだ!」

 リブラの大声が広場中に響き渡った。



(第9章(5)へつづく)