the shadow of silver
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朝には目覚め、夜には眠る、ごく当たり前の生活。

ただ、彼らの空にはいつも、銀色の魚が泳いでいた。

世界は、水の中にある。

 これは、そんな星の物語。


◇ 星祭り ◇

第1章(1)

第1章(2)

第2章(1)

第2章(2)

第2章(3)

第3章(1)

第3章(2)

第3章(3)

第4章(1)

第4章(2)

第5章

第6章(1)

第6章(2)

第6章(3)

第6章(4)

第7章(1)

第7章(2)

第8章(1)

第8章(2)

第8章(3)

第8章(4)

第9章(1)

第9章(2)

第9章(3)

第9章(4)

第9章(5)








第9章・星祭り



 星の増加が止まるころには、ポラリス全体がその冷たく神秘的な輝きによって昼間のように明るくなっていた。道という道、広場という広場は、上を向いて星のように目を輝かせる人間たちに埋め尽くされている。漆黒の空に銀色の砂が浮かび。魚の群が流星のように横切っていた。

「思い切ったことをしましたね」

 ベンチに腰掛けたカイトは隣のケトゥスに話しかける。老婆は小さく首を振った。

「街の明かりを消したのは、中央局の総局長だよ」

「ポラリスであなたの頼みを聞かない人はいませんよ」

「あの子は昔から良い子でね。婆ちゃんの頼みもすぐに聞いてくれた」 

 老婆の答えにカイトはくすくすと笑った。

「カイト、お前も遊んできなさい。澄ましていちゃつまらない。リブラとコルブが待っているよ」

「うん……」

 カイトは椅子から立ち上がってリブラとコルブの下へと向かう。二人の少年は噴泡の前で星空と、それに向かって昇っていく泡を眺めていた。

「凄いな……」

 コルブのつぶやきは昼間以上の喧噪に掻き消される。カイトは何だか無性に楽しくなって、笑いながらコルブに飛び付いた。

「これは予想以上だね!」

「なんだか夢みたいだ!」

 リブラもその隣で叫ぶ。遠くで知らない大人が、本当だ、夢みたいだ! と叫び返してくれた。異星人、セルペンスの星はどれだろうか。これだけの数ならきっと紛れているはずだ。彼も自分の星でリブラの星が見えているのだろうか。リブラはそう信じて、空に向かって手を振った。

「リブラ! ピシスの星はあるか?」

 コルブに言われてさらにリブラは空を見渡す。上に指を向け、見える星を端から順になぞっていった。途中で指している場所が分からなくなる。それでも根気よく調べていくと、一つ、気になる星が見つかった。その後も指を回し続けていたが、その星だけがずっと眼に入っていた。一際碧く輝く星。その光は異星の宝石、アクアマリンにそっくりだった。

「……あれじゃない?」

「どれ?」

 カイトはリブラの示す方向に目を向けるが、広い空のどこを指しているのか分からない。それで彼の後ろに立つと、右肩に頭を置いて目線を合わせた。コルブもそれに従ってリブラの左肩に頭を置いた。

「あれだよ! あの碧い星!」

 今度は二人もその星が見つけられた。その瞬間、三人の少年たちは何かを感じた。

「あれだ、間違いない」

 コルブはそんな気がしてならなかった。

「根拠はないけど、ぼくもあれだと思う」

 カイトが鋭い眼で続く。

「そうだよ! あれがピシスなんだ!」

 リブラは叫んだ。

「ピシス! ここだよ! ぼくたちはここにいるよ!」

 またたく星よ、照らしておくれ

 ぼくが眠りにつく前に

 どこからともなく、『星祭り』の歌が聞こえてくる。誰も知らない歌、しかし、誰もが知っていた歌。空に浮かんでいたいくつかの楽団が、まるで示し合わせたかのように伴奏を始めた。

 黒くて暗いこの空に

 波も心も澄みわたり

 学校の校庭では沢山の生徒たちが空を眺めて唄い始める。ラケルタ先生とスピカ先生は、隅に並んだ泡桜の下でそれを聴いていた。やがてラケルタ先生が小さく低い声で続きを唄う。スピカ先生は無言でラケルタ先生の左手を握った。

 銀の粒を散りばめた

 星の祭りがやってくる

 マンションの六階、五番目のドア、壁一面に街の風景が描かれた部屋の窓から、一人残されたピシスの母親は顔を出して空を見ている。涙は未だ枯れることなく流れ続ける。潤んだ目は満天の星空の中で一つ、碧く輝く星だけを見つめていた。それが明滅する度に彼女は泣きながら笑ってしまう。やがて彼女も、消え入りそうな声で歌を口ずさむ。星となった子に聴かせるために。

 またたく星よ、照らしておくれ

 ぼくが眠りにつく前に

 ぼくが大人になる前に

 歌は何度も繰り返された。その度に合唱は大きくなっていく。リブラとカイトとコルブも空に浮かび合唱に加わった。『渦』が止まり、春がやって来た。朝になればこの水中都市は、夢の世界に別れを告げて再び成長を繰り返す。リブラはそれでも良かった。自分も成長していこうと思った。見えなくなっても、忘れてしまっても、思い出すことはできるのだ。自分が生まれて、やがて還っていく星なのだから。何の心配もいらない。リブラは輝く空の下、人の住む都市の上を宛もなく泳ぎ始めた。カイトとコルブも手を繋いでその後を追った。

 銀色の魚の群が並んで泳いでいる。歌は止まらない、星祭りは終わらない。少年たちはいつまでも泳ぎ続けた。水が再び流れ出す、その時まで。

終章

 水中都市に春が巡ってくる。暖かい水温、ゆるやかな波、水中木は枝を伸ばし水中花は小さく可憐な花を付ける。人々の顔も冬を耐え忍ぶ厳しい顔から、初春を喜ぶ笑顔が増える。未来に目を向けて懸命に成長と発展を続ける彼らは、奇妙な波の動きであった『渦』と、満天の星空を見せた『星祭り』の記憶を再び頭の奥底に封印し、たちまちのうちにその閉じ込めた場所も忘れてしまった。

 翌朝、中央大通りを歩くリブラは、自分のどこが成長したのかを考えた。急激に背が伸びた訳でもなければ、気に入らない癖毛もそのままだった。きのうは胸の奥深くで何かが大きく変化したように思えたが、一夜明けるとどこがどう変化したのか分からなくなっていた。まったく、普段と同じ調子だ。しばらく考えてみたが、どうあっても答えが探し出せないことに気づくと、あっさりと考えるのを止めてしまった。そのうち分かってくるのだろう。冬が春になったように、いつの間にか大きく変化しているものなのだろう。リブラは自分自身の気楽さに少し微笑むと、中央広場に向かってさっさと歩き出した。

 中央広場のケトゥスの元には、すでにカイトとコルブがリブラを待っていた。老婆にきちんと挨拶を済ますと、少年たちは学校へ向かって歩き出した。リブラは、みんなちっとも変わっていないと思い、それはそれで安心できた。春のせいだろうか、リブラは訳もなく楽しかった。カイトとコルブも楽しそうだった。昨夜あれだけ語り合ったのに、話すことはまだまだ尽きなかった。

 前方から少し冷たい波が流れて、少年たちの頬を撫でる。リブラは何かに気づいて立ち止まると、波の通り過ぎた後ろを振り返った。大勢の人々が、僅かに顔をしかめてリブラを避けて通り抜ける。中央大通りを真っ直ぐに突き抜けた遠くには中央局の塔が空高く伸びている。カイトとコルブは、少し先へ歩いた所で立ち止まり、後方のリブラを呼んでいた。ピシスはいまでも自分を見てくれているのだろうか。もう別の星へ行ってしまい、この星には帰ってこないのだろうか。少年にそれを知ることはできない。知ろうとも思わない。ただ、中央局の頂上、赤く明滅する照明のさらに高くに向かって大きく手を振った。空には銀色の魚が泳ぎ、地上からは七色の泡が天に昇って行く。水に包まれた夢のように美しい世界の少年は、少し成長したが、これまでの気持ちは何一つ失ってはいなかった。

 これで、この星の物語はひとまず終わることになる。



(おわり)