the shadow of silver
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母が亡くなった日は、わたしの誕生日だった。

丘で出会った彼は、おだやかな笑顔を見せる人だった。

いつもの夏、いつもとちがう夏。

ベッドに眠るあの人は、ずっと死なない、死人だった。


◇ 彼とわたしの静かな夏 ◇

第01話

第02話

第03話

第04話

第05話

第06話

第07話

第08話

第09話

第10話

第11話

第12話

第13話

第14話

第15話


第09話

<二十六夜の月>

 セイデンスタワーが開店して数日後、わたしは月彦の家の前にいた。何人かの友達からはタワーへ行こうという誘いがあったけど、人酔いしやすい体質と、はやり物に浮かれているようで気が乗らず辞退した。またいつか行く日もあるだろう。

 月彦の家の呼び鈴を押したけど、きょうは反応がなかった。もしかしたらきょうこそは出かけているのかも知れない。これはやはりタワーへ行くべきだったのだろうかと後悔した。でも何回か呼び鈴を鳴らし続けていると、ようやく家の奥の方から寝惚けたような声で、はあい、という返事が聞こえた。どうやら珍しく寝起きだったようだ。

 でも、ドアが開いた先には、なぜか月彦ではなく、藤阪龍之介が眠たそうな顔で立っていた。

「あれ?」

 二人同時にそう言った。

「静ちゃんやないか! そうか、ほんまに会いに来てくれたんや!」

 藤阪は寝癖だらけの短い髪を適当に直してから笑顔を見せる。

「ここ、藤阪さんの家ですか?」

「そうや、俺の家や。そのつもりで来てくれたんやろ?」

 そのつもりはなかった。

「まま、汚い所やけど上がったってください」

「……すみませんね。汚い所で」

 藤阪の後ろから月彦が現れた。

「何や、おったんかいな」

「それにいつからあなたの家になったのですか?」

 月彦は珍しく嫌味を言う。

「お客さんの前やぞ、ああ、静ちゃん。この無愛想な男はな」

「こんにちは、月彦さん」

「いらっしゃい。どうぞ上がってください。汚い所らしいですが」

 月彦は微笑んで迎え入れてくれる。わたしは呆気にとられている藤阪の横から家に入った。



「何や月彦、お前も隅におけんな」

 静の部屋で三人は例のコーヒーを飲んでいる。静はきょうもよく眠っていた。

「違いますよ。あなたと一緒にしないでください」

 淡々とした調子で月彦は答えた。仲が悪いのだろうか。

「どうして、藤阪さんがここに?」

「おれと月彦は昔からの大親友なんや、で、おれがこの街を出ていった後、月彦が寂しがってるやろなと思って、たまにここへ泊まりにくるんや」

「他に泊まるあても金もないから来ているだけでしょう」

 月彦は細い眼で藤阪を見て言った。

「相変わらず無愛想な奴やな、そんなんやから就職もでけへんねんぞ」

「お互い様でしょう」

「おれは冒険家や」

「そんなもの活発な無職じゃないですか」

 月彦はいつもより饒舌だ。どうやら仲は悪くないようだ。

「まあ、おれは静に会えりゃそれで良いんやけどね」

「静って京橋さんですか?」

「そう、静ちゃんもここへよう来るんやったら気づいてるやろ、あそこで寝てる奴は何か変なもんを感じる。魅力というか磁力というか、何年経っても、どこにいても、ふと会いに来たくなる。そんな力を持っとる」

 藤阪は煙草に火をつけながら話した。やはりこの男も静に何かを感じているのだ。

「月彦、灰皿。」

「……台所のテーブルの上です。」

「気の利かん奴やなぁ」

「気を利かす必要がありませんから」

 藤阪はぶっきらぼうに立ち上がると口から煙を出しながら機関車の真似をした後、灰皿を取りに部屋から出ていった。

「仲、悪いんですか?」

「いえ、ぼくは嫌いじゃありませんよ。彼もそうだと思います。ぼくを尋ねに来る友人は彼くらいですから」

 月彦は大してそれが悲しくないように答えた。確かに静を尋ねに来る人がいても月彦に会いに来る人は他に見ていない。わたしは月彦に会いに来ています、と言いたかったけど照れ臭くて止めた。

「ああそうだ、田辺さん」

 月彦は眼鏡の奥から真剣な眼でわたしを見た。

「はい?」

「実は、長尾さんが亡くなられました」

「ええ!」

 一瞬、茫然となる。一回しか面識はなかったけど、老人のくしゃくしゃの笑顔は今でも眼に浮かんだ。

「いつですか?」

「おとといです。兄から連絡がありました」

「何の病気で?」

「ガンです。以前から患っておられました。もう手術もできませんでした」

「……残念ですね」

「はい。」

 月彦はそうつぶやいて静の方を向いた。

「おそらく長尾さんは、自分の死が近づいていることを分かっていました。だから無理をしてでも静に会いに来てくれたのでしょう」

 わたしも静の方を向く。長尾が子供のころに出会った彼。ずっと長尾の友人だった。そして長尾は老い、死んでいった。しかし静は、子供のころに出会った時と同じように止まり続けていた。

「長尾さんは、京橋さんに会えたんでしょうか」

「会えたと思いますよ」

「……そうですね」

 静は今、何を思っているのだろうか。

 廊下から呼び鈴が聞こえた。返事をしたのは月彦ではなく、台所にいた藤阪だった。

「本当に自分の家みたいに振る舞いますね」

「昔からそうです。」

「どういう関係なんですか?」

「高校の同級生ですよ」

 なるほど、わたしが、歳が近いと思ったのも間違いではなかったようだ。やがて廊下から二つの足音が聞こえた。

「おい月彦、変な奴が来たで」

 藤阪に変な人と紹介された男は、確かに少し雰囲気が変わっていた。まるでお坊さんが着る袈裟(けさ)ような、それとも少し違った服装をしている。袴から出る足は足袋を穿いていた。長い髪は整えられおり、顔から推測するに、歳はわたしの父と同じくらいに見える。

 しかし彼の一番異様な所は眼だった。ダルマのような大きく丸いその眼は、形容しがたい力を持っていた。本当にこの家に来る人は変わり者が多い。

「どちらさまでしょうか?」

 月彦にとっても初めて会う人物だったらしい。

「初めまして、わたくしは星田徳庵(ほしだとくあん)と申す者です」

 変な人はうやうやしく頭を下げた。ホシダトクアン。どこかで聞いた名前だ。

「実はわたし、宗教法人ミレニアムの教祖をしている者です」

 ああ、そうだ。確か姉が駅でもらったチラシに書かれていた名前だ。

「何やあんた、信者の勧誘か?」

 藤阪は星田を睨みながら言った。

「しかし、教祖さん自らが勧誘に来られるとも思えませんね。何の御用でしょうか?」

 月彦は眼鏡を上げて星田の方を向いた。

「わたくし、救世主を捜してこの地に赴いた次第でございます」

「救世主、ですか?」

「はい、わたしはこの混沌の世を救うべく救世主の予感を得ました。そこでこの街を回っておりました所、この家から特殊な霊感を受信いたしました」

 わたしたち三人は一斉に静の方を向いた。この家で特殊と言えば、彼以外にはあり得ない。星田もそれに気づいたのか、静の方をその力のある眼でじっと見た。

「……失礼ですが、そちらの方は?」

「特殊な霊感を発信してそうな人や」

 藤阪は静を見ながらそう言った。



 その後、半ば諦めたように月彦は星田に静の経緯を話した。星田は興味深そうに聞き入っていた。部屋の中に教祖がいるという変な雰囲気の中、わたしは何だか落ち着かなかった。藤阪は暇なのか、絶えずわたしを笑わそうと隣で駄洒落を言い続けていた。

「実に興味深い。もっと京橋様を近くで拝謁してもよろしいでしょうか?」

 星田は興奮した様子で静に近づくと、じっと彼の顔を見つめた。

「何だか、変な感じになってきましたね」

「おれは凄くおもろいけどね」

 わたしと藤阪はじっと星田の姿を見ている。

「ああ、救世主様!」

 突然星田はその場にひざまずくと、深々と頭をさげた。

「……そうなんですか?」

 月彦は淡々と尋ねる。

「間違いありません!」

 星田は興奮しながら答えた。額には汗が浮かんでいる。

「でも、止まったきりやで?」

 藤阪がそう言うと星田は汗を散らして首を振った。

「もうすぐお目覚めになられます」

 わたしたちは互いに顔を見合わせていた。

「次の、新月の晩に、救世主様は長き眠りから復活されます」

「それは驚きました」

 月彦は全く驚いてない調子で答える。星田は大きな目を向けた。

「月彦殿」

「はい、何でしょう」

「救世主様を、手前どもに迎えさせていただきたい」

「どうなさるんですか?」

「セイデンスタワーの最上階は展望台となっております。手前どもは次の新月の日にそこに祭壇を設け、救世主様の復活のお手伝いをさせていただきたく思います」

「タワー側が許可するでしょうか」

「タワーのオーナーはわたくしです。セイデンスタワーは、星田の塔です」

「なんか、おもろいことになってきた」

 藤阪は笑顔を見せるが、月彦の表情は浮かない。

「困りましたね。静はぼくたちにとっても大事な人なのですが」

「復活されれば、人類にとって何事にも代え難い存在なのですぞ」

「ええやんけ、月彦。静が目覚めんねんぞ。なぁ静ちゃん」

 急に話を振られて戸惑う。でも、本当に静が目覚めるのなら見てみたいから、わたしも曖昧に頷いておいた。月彦はそんなわたしを見て少し溜息をつく。きっぱりと否定した方が良かったのだろうか。でも月彦は、静が目覚めるのを望んではいないのだろうか。

「……分かりました。次の新月の晩、その何とかタワーに静を持って行きましょう」

「ありがたい。当日には必ず救世主様をお迎えに上がります」

「ただし」

 月彦は鋭い眼で星田を見る。

「何か、静に細工をするのなら、許しませんよ」

 その言葉に星田はもちろん、わたしまで背筋が凍る気分を味わった。月彦がこんなに怖い顔をするのは初めて見た。しかし次の瞬間にはもう、いつもの穏やかな微笑みに代わっていた。



「本当に目覚めるんでしょうか?」

 星田が帰り、また三人は元の席に戻っていた。

「どうでしょうね。」

 月彦は窓の外を見ながら答えた。暦の上では残暑となるのだろうが、外の景色はまだまだ夏の衰えは見せていなかった。

「救世主様ねぇ」

 藤阪は星田の置いていったミレニアム教のパンフレットを読みながらつぶやく。

「星田さんも変な人ですね」

 宗教の教祖など初めて見た。みんなあんなのだろうか。

「でも悪い人じゃなさそうですね。」

 月彦は微笑んで答えた。

「でも新興宗教とかって、悪い人ってイメージがありませんか?」

「そういう訳じゃありませんよ。真剣に頑張っている人達もいるでしょう。ただお金儲けや詐欺に使いやすいから、実際にそういう人もいるから、そう思われるだけです。星田さんは、確かにかなり倒錯していますが悪人では無いと思いますよ。霊感とやらもあるようですし」

 月彦は静の顔を見ながら言った。静は相変わらず止まったままだ。目覚める気配すら感じられない。

「さてはお前、ミレニアム教の回し者やな?」

 藤阪は読んでいたパンフレットを月彦の方へ向けた。

「まさか。」

 月彦は藤阪の手からパンフレットを取るとゴミ箱に入れた。

「ぼくはそこまで暇じゃありませんよ」



(第10話へつづく)