the shadow of silver
SOS日記本メルマガ掲示板プロフィール

出版書籍一覧 / WEB小説 「星祭り」 / WEB小説 「彼とわたしの静かな夏」 / WEB小説 「ミラージュタワーの『子供』たち」


母が亡くなった日は、わたしの誕生日だった。

丘で出会った彼は、おだやかな笑顔を見せる人だった。

いつもの夏、いつもとちがう夏。

ベッドに眠るあの人は、ずっと死なない、死人だった。


◇ 彼とわたしの静かな夏 ◇

第01話

第02話

第03話

第04話

第05話

第06話

第07話

第08話

第09話

第10話

第11話

第12話

第13話

第14話

第15話


第10話

<朔>(前)

 新月の夜、わたしは適当な言い訳を作って家を出ると、月彦の家に向かって真っ暗な道を走った。京橋静が目覚めるかも知れない。そう思うとやけに強く胸の高鳴りを覚えていた。夜空はよく晴れて、月の光が無いせいか、星がいくつも見える。時折強く吹く夜風も心地良く、走っていても汗をかかなかった。

 月彦の家に着き呼び鈴を鳴らすと、藤阪が迎え入れてくれた。彼も意外とよく働いてくれるようだ。京橋静の部屋には月彦と、狛田凛がいた。凛にも今日のことは知らせていたらしい。

「こんばんは、凛ちゃん」

「……こんばんは」

 凛は前と同じように無愛想に返事をすると、京橋静の方を向いていた。

「いよいよですね」

「そうですね」

 月彦は微笑んで答えた。

「月彦、ジュネラ」

「はいはい、田辺さんもちょっと待ってください」

 月彦はそう言うと、いつものようにコーヒーを作りに部屋を出た。

「龍之介」

「何でございましょう、お嬢様」

 藤阪は大仰に答える。

「ライルだからポミーニャをキュラソートにして」

「かしこまりました」

 藤阪はそう答えると、机からエアコンのリモコンを取り、操作した。

「凜ちゃん、何て言ったんですか?」

「寒いからエアコンを『除湿』にしてくれって言ったんや」

「よく分かりますね」

 例の丘の上で藤阪が、凛の自分語の歌を唄っていたのを思い出した。

「俺は色んな国を回ってるからね。凛ちゃんの自分語はその辺の外国語よりは覚えやすいんやで」

 確かに凛の自分語は単語のみらしい。単語の意味さえ分かれば案外簡単に解読できるのかもしれない。

「凛さん、コーヒーですよ」

 月彦が人数分のカップを盆に乗せて部屋に入ってくる。凛は何も言わず、カップをとってコーヒーを飲んだ。この歳で大人の男二人に向かって平気で命令できるとは末おそろしい。コーヒーは相変わらずおいしかった。



 呼び鈴が鳴った後、星田徳庵が藤阪に連れられて部屋にやって来た。

「失礼いたします」

「いらっしゃいませ」

 月彦は微笑んで迎え入れる。星田はわたしたちの顔をそれぞれ眺め回し、京橋静を見てやや緊張した。でもどうやらそれは京橋静に対して緊張ではなく、そばにいる凛に驚いたようだ。凛の方もじっと星田の眼を見つめていた。

「お、超能力戦争勃発や」

 藤阪は嬉しそうに言った。なるほど、やはり星田にも凛の力が分かるらしい。星田は眼をそらすとゆっくりと部屋に入り、京橋静に近づいていった。凛はなぜか勝ち誇った顔をしていた。

「……それでは、救世主様を運ばさせていただきます」

 星田はそう言うと部屋のドアを向いた。ドアの向こうにはいつの間にか二人の信者らしい人間が立っている。二人は中に入ると京橋静に深く頭を下げ、一人は彼の肩を持ち、もう一人は足を支えてゆっくりと運んで行った。

「それではこれで」

 星田は皆に向かって頭を下げる。

「ぼくたちも後で見物に行かせていただきます」

 月彦が言うと星田はもう一度頭を下げた。



 京橋静がいなくなった部屋は、驚くほど寂しい感じがした。いかに彼がその存在を部屋に示していたかが分かる。他の人もそれに気づいているらしく、何だか落ち着かない様子を見せていた。

「月彦、龍之介、もう行こう」

 凛が最初にそう言った。

「そうやな。そろそろ行くか」

「もう少し待ってくだ下さい」

 月彦が答えた。

「何や、まだ誰ぞ来るんかいな」

「ええ」

 そう答えたと同時に呼び鈴の音が部屋に響く。月彦が返事をして部屋を出る。しばらく後に月彦が連れてきたのは、なんと京橋時子だった。

「こんばんは」

「おや、時子ちゃんやないか。こんばんわぁ。相変わらずお美しいことで」

 藤阪は嬉しそうに言う。時子はただ微笑み返した。

「こんばんは凛ちゃん」

「こんばんは」

 凛も素直に返事をした。

「こんばんは、前に一度お目にかかりましたね。京橋時子と申します」

 時子はわたしに向かって頭を下げる。その声も姿も、頭の下げ方でさえ、品があって美しい。

「は、はい。初めまして。田辺静です」

 わたしは何だか自分が凄くがさつな女のように思えて恥ずかしくなった。

「さあ、自己紹介も済んだことやし、行きまひょか」

 藤阪は大声でそう言うと、時子の腕を掴んで部屋から出て行った。時子は慣れた風で、微笑みながら藤阪に引っ張られて行く。月彦は困った表情でわたしと凛に、行きましょうと言った。



 真新しい床のセイデンスタワーは閉店間際のこの時間でも人に溢れ、店内には明るい音楽と宣伝のアナウンスが絶え間なく流れていた。中には割と有名な店も入っていて、しばらく見て回りたい気分になったけど、今日の所は止めておいた。藤阪は時子の手を握ったままはしゃぎ回っている。四台あるエレベータの一つに乗り込み、月彦が最上階、十二階のボタンを押した。エレベータ内の案内図を見ると、十二階は『催し物会場』と書かれており、その下には『本日は関係者以外は入れません』というシールが貼ってあった。

 エレベータからは外の景色が見え、周りのビルや家が、どんどん小さく下がっていく。藤阪と時子は、というか一方的に藤阪が何やら話をしており、凛はずっとエレベータの階数表示が上がっていくのを見つめ、月彦は下の景色の一点をじっと見続けていた。わたしは月彦の視線の先を探した。どうやら彼が見ているのは片町総合病院のようだった。

 エレベータを出ると、一人の男の人が待っていた。月彦の兄、片町陽介だった。

「こんばんは、皆さん」

 陽介は皆を見てそう挨拶をする。皆もそれぞれに挨拶をした。全員が顔見知りらしい。月彦は軽く手をあげた。

「お久しぶりです」

 陽介は月彦そっくりに微笑んでわたしに話しかけた。

「その節はありがとうございました」

 わたしは頭を下げる。藤阪が、その節って何や? と聞いてきたが、言わなかった。

「さあ、こっちですよ」

 陽介はそう言って歩き出す。月彦がその横に付き、わたしたちも歩き出した。後ろ姿を見ると、陽介と月彦の兄弟は本当によく似ていた。

「病院は暇なようですね」

 月彦が陽介に話している。彼は兄に対しても話し方は変わらない。

「そうでもないが、一大イベントだからな。見ておきたかったんだよ」

 陽介が答えた。

「どうでしょうね」

「……長尾さん、残念だったな」

「兄さんにはお世話になりました」

 どうやら長尾老人を担当していたのは陽介だったらしい。陽介は、いや、とだけ答えた。

「……家には帰らないのか?」

 陽介は小声で尋ねる。

「……今さら」

 月彦も小声で答えた。

「父さんに、今日のことは話したのですか?」

「いや。こんなことが知れたら、今度こそお前は勘当されるぞ」

「……でしょうね」

 月彦はそう言って笑った。あまり人の家のことを聞くのは良くないと思ったけど、気になってしまう。『今度こそ勘当される』とはどういうことだろう。以前にも何かあったのだろうか?



(第11話へつづく)