the shadow of silver
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母が亡くなった日は、わたしの誕生日だった。

丘で出会った彼は、おだやかな笑顔を見せる人だった。

いつもの夏、いつもとちがう夏。

ベッドに眠るあの人は、ずっと死なない、死人だった。


◇ 彼とわたしの静かな夏 ◇

第01話

第02話

第03話

第04話

第05話

第06話

第07話

第08話

第09話

第10話

第11話

第12話

第13話

第14話

第15話


第11話

<朔>(後)

 会場にはもうミレニアム教の信者らしき人たちが大勢集まっていた。百人以上いそうな信者は年齢も性別も様々で、数珠を持って一心不乱に祈っているお婆さんから、会社帰りのサラリーマン、赤ん坊を抱いた母親までいた。わたしたちは係の信者に勧められた一番後ろの席にそれぞれ右から陽介、月彦、わたし、凛、藤阪、時子の順に座る。クーラーは利き過ぎて、会場の照明はかなり暗い。正面に作られた祭壇はやたらと豪華で、その後ろには月のない外の景色が見える窓が大きく設けられていた。

 やがて、右手から数人の信者を引き連れた星田徳庵が現れる。信者たちはざわめきと共に一斉に星田を眼で追いながら何事かを言っていた。星田はそれらに微笑みながら手を振る。彼の姿は先程月彦の家で見た時とは違い、一層豪華で重そうな服と、やたらと高い青色の帽子を被っていた。

「えらい人気やな」

 藤阪が言う。確かに星田を見る信者の姿は、アイドルに群がるファンに似ている。中にはなぜか涙ぐんでいる女もいて驚いた。

「皆さん」

 星田がマイクでそう言うと、信者たちは一斉に口をつぐんだ。

「本日は、この歴史的瞬間に立ち会えたことを嬉しく思いましょう。わたしたちは、今から救世主様の復活を目の当たりにできるのです。わたしたちはそのことを後世に伝え続ける義務があるのです」

 星田は良く通る声で話し続ける。その姿と言葉には何だか分からないが妙な説得力があった。これも星田の才能なのだろう。

「救世主様はおよそ三百年間、止まり続けておりました」

 その言葉に驚いてわたしは月彦を見た。月彦もわたしの方を向き、

「それは知りませんでしたね」

 と答えた。

「救世主様は三百年前、この世のあらゆる知識を獲得し、三百年後に世が乱れることを予言されました。そして、その時代を救うべく御身を封印なされたのです」

 隣で凛がクスクスと笑う。

「これから復活なされる救世主様は、その霊力をもってこの世を統治され、わたしたちに希望と幸福を、未来永劫に渡って与え給われることでしょう」

 隣の隣で藤阪が、長いなとつぶやいた。

「それでは我らの救世主様、弥勒菩薩(みろくぼさつ)の使い、静様に祭壇に登っていただききましょう」

 会場に荘厳な音楽が流れ始める。右手から大袈裟な担架に乗って京橋静が現れた。彼も何やら豪華な衣装を着ている。その姿は、美しい顔や姿と非常に似合っており、何だか本当に救世主様ではないだろうか思えてきた。彼はゆっくりと正面の祭壇の前まで運ばれると、信者たちが深く頭を下げた後、持ち上げられて、祭壇の頂上に寝かされる。信者たちは皆騒ぎ、口々に救世主様だの、神々しいお姿だの言っていた。陽介はじっとその模様を見ており、月彦は冷ややかに眺めていた。凛は自分のララシーを奪われたせいか何だか不機嫌で、藤阪は口を半開きにしていた。時子もじっと見つめていた。

「さあ、祈りましょう。救世主様の復活です」

 星田がそう言うと会場の端々からドライアイスの煙が吹き上げた。信者たちは一斉に御経のようなものを読み上げはじめ、星田は鈴の付いた杖のような物を京橋静の前で振り回していた。

「本当に復活するのかな?」

 わたしは誰ともなく尋ねる。

「どうせ復活すんねんやったら満月やろ。狼男をしかり」

 藤阪はそう答える。

「凛ちゃんはどう思う? 星田さんも凛ちゃんの力を持っているんじゃないの?」

「……持ってる。でもカッソなのにルンだから、わたしのララシーを自分の信じているものに強引に解釈している。静は困ってる」

 言葉の後半は理解できた。やはり復活はしないらしい。

「どうなんだ? 月彦」

 陽介は月彦に尋ねる。

「無理ですよ」

 月彦はあっさりと答えた。彼にはどのような根拠があって、そう言い切れるのだろうか。

 シンセサイザーの音楽と利き過ぎている冷房。暗い照明。信者たちの読経。鈴の音。それらが会場の空気を神秘的なものに変化させていた。窓から見える空は真っ黒で、一条の光明も眼に入らなかった。きらびやかな衣装に包まれた京橋静は微動だにしない。黒く長い髪、白く美しい顔。そして、言い表せない魅力。

 わたしは京橋静の魅力について考えた。もしかしたらあれは、彼が発しているものではないのかもしれない。月は自ら輝くことなく、太陽の光を反射している。止まっている彼も自ら存在感を示すのではなく、彼を眼にした者たちの、期待や願いを反射しているのではないだろうか。冒険家の藤阪にとっては故郷の象徴に、自分語で話す凛にとっては素敵な恋人に、そして宗教家の星田にとっては自分の待ち望んでいた救世主に。

 それでは月彦には、京橋静はどのように映っているのだろうか。



 救世主復活の儀式はもう何時間も続いていた。わたしは座り続けているのと、冷房の寒さと、そして何より、一向に目覚める気配の見せない京橋静に退屈し、気分転換も兼ねてトイレに行くことにした。周りを見ると時子と凛は眠っていて、藤阪と陽介は席を外していた。そして月彦だけは、ずっと彼の方を見つめていた。

「ちょっと、お手洗いに行ってきます」

「ええ、どうぞ。静が起きたら呼びに行きますよ」

 月彦は珍しく冗談を言う。座り過ぎていたらしく、立ち上がると足がガクガクした。

 エレベータホールの隣にトイレは備え付けられていた。そこには藤阪と陽介もおり、ベージュ色のソファに座りながら煙草を吸っていた。陽介は医者だけど弟と違い煙草をたしなむらしい。二人は真剣な顔で何やら話していた。特に藤阪の真剣な表情を見るのは初めてだ。でも彼はわたしに気付くと、すぐに元の軽い笑顔に戻った。

「どう? 静、起きた?」

「まだです。どうしたんですか? 真剣な顔をしてましたけど」

「あ、バレた?」

「何のお話ですか?」

「うん、陽介兄ちゃんとね。静が起きるかどうか賭けをやってんの」

 藤阪はそう言って笑う。陽介も少し困った顔をしてうなずいた。わたしは笑いながらトイレへ入って行った。

 トイレから出る寸前で、藤阪と陽介の会話が耳に入った。

「本当に?」

「さあな。あいつの考えてることはおれにも分からへん。でも、その可能性はあると思うで」

「……なぜ?」

「俺もあんたも、あいつの昔は知ってるやろ。あいつは、異常や」

「龍之介」

「異常な天才、と言った方がええか? それとあいつには異常なまでの優しさを持っとる」

「しかし、まさか」

「何にしても、俺らには知ることも、止めることもできへんで」

 わたしはじっと立ち止まっていた。何の話をしているのだろうか?



 夜が白み始めていた。時子も藤阪も凛も陽介も眠っていた。わたしも眠りかけては起きる、という行為を何度も繰り返していた。会場の信者たちにも疲労は明確に現れており、中には熟睡してしまっている者までいた。

「もう、よろしいでしょう?」

 気が付くと、疲れも眠気もまったく見せていない月彦が祭壇に立っており、もはや鈴の付いた杖にすがるように立っていた星田にそう声をかけた。

「月彦殿」

 星田の声は既に枯れている。彼はこの一晩で何十年も老け込んだように見えた。

「静を返してもらいますよ」

 月彦の言葉によって、星田はその場に腰を落とした。



「つまらん」

 京橋静が目覚めなかったからか、時子が帰ってしまったからか、月彦の家に帰ってからも藤阪はそうぼやいていた。陽介も病院に戻ってしまった。

 ベッドにはいつものように京橋静がいて、その隣では凛も布団に入っていた。凛は恋人が取り返せて嬉しいのか、寝顔は微笑んでおり、しっかりと静にすがっていた。

「まあ、そんなものでしょう」

 月彦は微笑みながらコーヒーに口を付けた。

「でも目覚めて欲しかったですね」

 わたしは眠い体をコーヒーで誤魔化しながら言う。

「そうですね」

 月彦は静の方を向いてそう言った。

「凛はどうすんのや?」

 藤阪は頭をぼりぼりと掻きながら尋ねる。

「このまま寝かせて起きましょう」

 わたしは京橋静と凛の方を見た。朝日を受ける二人は美しい。

「何か、気にいらんな。」

 藤阪は大人げないことを言う。

「今日が最後ですからね」

 月彦はそう返した。

「どういうことですか?」

「凜さん、この街を出るそうです。親のご都合らしいですが」

「……それは、かわいそうですね」

「そうですね。こちらから会いに行くこともできませんから」

「しゃあない、月彦、ここで凛の面倒見たれや」

「あなたとは違いますよ」

「凛ちゃん、どこへ行くんですか?」

「青森県の恐山だそうです。実家があるそうです」

「何とまあ、ピッタリな場所やな」

 京橋静に寄り添っている凛は本当に嬉しそうに寝ている。その姿が一層かわいそうに思えて、うらやましくも思えた。わたしは月彦の方を向く。でも彼が振り向いたのでまた顔を逸らした。

「ところで、あなたはいつまでここにいるつもりですか?」

 月彦は藤阪に聞く。

「嫌な言い方やな。まるで出て行ってもらいたいみたいやな」

「そう聞こえましたか?」

「心配せんでもそろそろ出て行く。静も目覚めんかったし」

 藤阪はそう言って膨れた。彼もいつまでもここにいる訳にはいかないようだ。

「……みんな、いなくなっちゃいますね」

「それが時の流れですよ」

 月彦はそうつぶやいた。



(第12話へつづく)