世紀末無気力昔話其の壱
桃太郎
昔という程でもない昔、大体2年程昔、
ある所、本当に面白みのないある所に、お兄さんとお姉さんいました。
お兄さんとお姉さんは別に夫婦でもありませんが同居しています。 同棲とも違います。 なぜならお兄さんはゲイで、お姉さんはレズだからです。 利害関係の一致でたまたま同居しているだけです。 あと、ココのお兄さんは、例の「おにいさん」とは関係ありません。
お兄さん「ちょっと、山へ行って来る。」
お姉さん「・・・何で?」
お兄さん「山の男ってのも・・・」
お兄さんはそれきり話さなくなりました。
お姉さん「・・・じゃあ、アタシは川に行って来る。」
お兄さん「・・・何で?」
お姉さん「山と言えば川だからよ。」
お兄さん「・・・そうか・・・」
そんなワケで、二人は出かけました。
お姉さんは近所の薄汚れた一級河川でただぼんやりとしていました。 老後の事とかも考えてみましたが大して良いアイデアも思いつかなかったので、少し舌打ちしました。
そうこうしていると、川の上流から大きな桃が流れてきました。 お姉さんはそれをぼんやりと見つめていました。 桃はそのままお姉さんの前を通り過ぎ、下流へと流れていきました。 潔癖性のお姉さんは、拾おうなどとは思いませんでした。
お姉さんが帰宅すると、お兄さんはすでに帰ってきており、安いビールあおりながら、しきりに「失敗した」と呟いていました。 お姉さんは川で見た大きな桃の話をしましたが、お兄さんに「オチがない」と一蹴されました。 お姉さんは少し舌打ちしました。
次の日、朝早く(5:00)から来客がありました。 客は「俺は桃太郎だ。 鬼退治に行くから。」と言いました。 お兄さんは桃太郎は趣味に合わなかったので適当にあしらいました。 桃太郎はなおも玄関で「鬼退治に行く。 キビダンゴをくれ。」と叫んでいました。 低血圧のお姉さんは気怠そうに起き、フラフラとした足取りで桃太郎に近づくと、桃太郎に千円札を握らせ、追い返しました。
桃太郎と名乗る男は仕方なくコンビニでダンゴと煙草を買いました。 余った金はレジ横の募金箱に入れ、少し良い事をした気分になりました。
桃太郎が駅前で煙草を吹かしていると、インタネットで知り合ったハンドルネーム「サル」「イヌ」「キジ」がやって来ました。 桃太郎が「これから鬼退治に行く」と伝えると、みんなは曖昧に頷きました。 サルはしきりに「電波ッスか? 電波ッスか?」と騒いだので桃太郎はちょっとヤな気分になりました。
とりあえず買ったダンゴを三人に分け与えました。 甘いモノが大嫌いな桃太郎は食べませんでした。 サルはしきりに「美味ス、美味ス」と言い、イヌは思い出したくない位くだらないダンゴダジャレを放ち、キジはメガネを整えながらダンゴにまつわる知識を聞きもしないのに語りだしました。 桃太郎は大声で自作の歌(モモタロック純情派)を唄っていました。 余った団子はゴミ箱に捨てました。
サル「ドコ行くんスか? ドコ行くんスか?」
サルはオドオドしながら薄ら笑いを浮かべていました。
イヌ「鬼退治なんだろ。 桃太郎さんらしいよ。」
イヌは汚れたハンカチで汗を拭きながら、知った風な口を聞きました。
キジ「僕ね、全国模試でトップを取った事もあるんですよ・・・」
キジは聞いてもいない事を脈絡無くブツブツと語っていました。 ちなみにキジは24歳です。
四人が歩いていると目の前に黒塗りのベンツが停まりました。 ドアが開くと中からはパンチパーマでサングラスの、いかにもな人が現れました。
サル「ア、ア、アレは鬼じゃないんスか?」
サルは小声で桃太郎に聞きました。
桃太郎「うん。ソレっぽいぞ!」
桃太郎は周囲をはばからずに大声で叫びました。
イヌ「まさしく現代の鬼ですね。」
イヌはそう言ってから鬼シャレを考え始めました。
キジ「鬼ってのはね、牛のツノに寅の腰巻きといった、まさしく丑寅、鬼門の具現化であって・・・」
キジはベンツなヒトから目をそらしながら語っていました。
四人はそんな話をしながら、足早に黒塗りベンツから通り過ぎていきました。 結局みんな気が小さいのです。
鬼退治を済ませた桃太郎達は、さっそくお兄さんとお姉さんの家へ報告に行きました。 お兄さんとお姉さんはちょうど飲みに出かける所だったので、桃太郎達は誘われていないのについて行きました。
こじゃれているが安っぽいバーで六人は適当に飲んでいました。 お兄さんはとりあえず桃太郎を殴ってから「テメェ朝の千円返せよ」と言っていました。 桃太郎はボコボコになりながらお兄さんに、しきりに噛み合わない話をしていました。 だからまた、お兄さんに殴られます。 サル、イヌ、キジの三人はお姉さんに言い寄っていましたが、お姉さんはレズだし無気力だし潔癖性なので、三人の方は見向きもせずに、遠い所を見つめていました。
桃太郎「俺達が退治すべき鬼は、もっと別のモノなんじゃないのか? ソレを倒した時、俺達に本当の幸福が訪れるんじゃないのか!?」
桃太郎はいきなりそう叫びました。 結局退治していないのに。 それでもみんなの頭には桃太郎の言葉がずっと残っていました。 何が言いたいのかよく分かりませんでしたが。
店から出ると桃太郎、サル、イヌ、キジは帰っていきました。 お兄さんとお姉さんは、もう二度と会う事の無い四人の貧弱な背中を見ながら、彼らが退治されない事を都会の少ない星空に祈ってみました・・・
次の日、朝早くから桃太郎はまたやって来ました。