the shadow of silver
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5月31日(火)
[今日の独言(ひとこと)] 文字の明治維新
昔とある高齢の読者から自筆のファンレターをいただいた。
その当時で80歳と書かれていたと思うので、今ご存命なら100歳を超えておられるかもしれない。
いや、今は100歳を超えている方も多いので、きっと元気にされていることだろう。

便箋に書かれた手紙はあまり頂戴する機会もなく、新鮮な嬉しさを感じたのを覚えている。
しかしそれよりも記憶に残っているのが、その文字の『達筆さ』だった。
一見しただけでは何を書いているのか全く読めない。
まるでミミズが這うような文字、と言えば酷いが、若い私にはそうとしか見えなかった。
しかしその筆(筆字だった)にはためらいがなく、ダイナミックさと繊細さも感じられたので、恐らく大変上手だったのだろう。
でも読めない。
しかし読めませんでしたと返信するのも失礼で、作家の沽券にも関わることなので、辞書と推理を駆使してなんとか解読した。
「私の趣味には合わない作品でした」と書かれていた。

先日のニュースによると民俗学者の柳田国男がある哲学者に当てた書簡が発見されて、その内容が公開されていた。
太平洋戦争中の1942年8月に書かれたもので「戦がいろいろの刺激になって永い未来を考えさせます」などと伝えているらしい。
ところがその文字がまた読めない。
柳田国男は他の文書を見た覚えもあるが、筆字の草書体ながら達筆(良筆)が窺えた。
しかしこの手紙は気軽な気持ちで書いたらしく、かなり散らかっていた。

一方、それより前に横溝正史の自筆資料が見つかったというニュースもあった。
そちらは旧字も含まれているが非常に読みやすく、つまりは現代に近い文字が使われていた。
そんなこともあって、そういえば、書き文字という物はいつどのような流れで変わっていったのだろうと気になった。
柳田国男と横溝正史はどちらも昔の作家だが、世代が少し違っている。
柳田国男は明治8年生まれで、横溝正史は明治35年生まれだった。
その間、27年。
しかし、たとえば昭和50年代生まれの私と、平成生まれの人との書き文字にそれほど差があるとは思えない。
どちらも同じように小中学校で文字を習い、作文やテストで文字を書いてきたからだろう。

ということは学校教育の問題か、いや、それ以前に印刷技術の普及があったのかもしれない。
写植によって文字が文章の流れではなく、独立した一文字として扱われるようになった時、書き文字にも大きな変化があったのだろう。
明治維新は文字においても相当大きな変革があったように思える。
答えはまだ見つかっていない。
機会があればまたじっくり調査してみたい。

[一日三報]
[NHK] 太鼓かたどった埴輪見つかる 奈良 田原本町

今日の奈良。
驚くべきは、皮を張って鋲を打つという、現代と全く変わらない製法で作られていることが窺える。
もしや考古学でお馴染みの『ゴッドハンド』か? と疑ったが、他の地域で発掘された同時代の埴輪にも同じ形状のようなので、和太鼓というのは昔からほとんど変わっていないようだ。
物を叩いて音を鳴らすと楽しい、というのは音感の基礎ということか。
しかしなんでも埴輪にするんだなお前ら。

[読売新聞] 「あだ名」「呼び捨て」は禁止、小学校で「さん付け」指導が広がる

この話題の根本にあるのは、いわゆる「キラキラネーム」の普及もあると思う。
昔はクラスや友達に同名の者も多くいたので呼び名を変えていた経緯がある。
さらに遡れば「西の田の太郎さん」とか「南の山の太郎さん」とか、姓名の発祥にもかかわってくるだろう。
仲の良さなど一切関係がない。
今はみんな違う格好いい名前が多いので、そのまま呼べばいいだろうという話だ。
小説内でも呼び名に迷わなくて助かると思う。

[産経新聞] 死んだ愛犬「闘病中」とネット資金調達 有罪女の浅知恵

まあ起きるだろうなと思っていた事件。
でも有罪までいったのはちょっと驚きというか、運営も必死になったのだろう。
そんな時代というよりは、こういう話はネットもリアルも関係なくよくあったもので。
だから私はSNSでの「助けてください!」系の拡散はやりたくない。




5月24日(火)
[今日の独言(ひとこと)] 科学と怪異は紙一重
人間とは理解を求める生物であり、自然も科学も人間関係にも理解を求めて生きている。
その端となるのは好奇心と探究心で、その末にあるのは動物的な安心感だろう。
人間は安心を得るために答えを探し続けて、それが発展へと繋がっている。
一方で理解を求めても得られないものは必ず存在し、それを怪異ととらえて恐怖する性質がある。
科学と怪異は相反するものと思われがちだが、結局は同じ性質によって生まれる二種類の結果でしかない。
ミステリー小説とホラー小説が似通っており、オチの違いによってどちらにも転がすことができるのもそういうことだろう。

先日のニュースによると、米サウスカロライナ州にある民家の裏庭で男が倒れていると通報。
捜査員が駆けつけて調べたところ、この家に住む60歳の男性が死亡しているのが分かった。
男性に外傷はなく心臓発作で突然死したものと見られた。
話はそれだけでは終わらない。
捜査員によると男性の近くには掘られたばかりの穴があり、その中に入っていたゴミ袋の中から女性の死体が発見された。
女性は同じ家に住む65歳の女性で、死体には殺害されたと思われる痕跡が見つかった。
捜査当局の話によると、男性が女性を殺害し、ゴミ袋に入れて裏庭に掘った穴に埋めようとしていた。
しかしその途中で男性が心臓発作で倒れて命を失ったと思われる、とのことだった。

女性の殺害と隠蔽工作に緊張したせいか、力仕事で急に体を動かしたせいか、それとも、殺害された女性の恨みによるものか。
このような現実の出来事が、また新たな怪談を生み出すのだろう。

[一日三報]
[AFP] 「悪夢はこりごり」 インド窃盗団、盗んだ神像を返還

今日の怪異。
信仰心が強いために窃盗したが、信仰心が強いために自らの罪にさいなまれたということだろうか。
三島由紀夫の金閣寺にも通じる逸話だと思う。

[朝日新聞] 「刃物持った男」通報で仙台駅が一時騒然 ガラケーの見間違いだった

もはやガラケー所持は銃刀法違反。
しかし天下の朝日新聞もガラケーはガラケー以外の呼び名が付けられないのだろうか。
恐らく折り畳みタイプで縦に長い、シルバーの携帯電話だったんだろうけど。
ガラケーって、かなり揶揄した通称だから報道で使うべき言葉ではないと思う。

[bizSPA!] 本屋が20年で半減。閉店相次ぐ「大手書店チェーン」の生き残り策とは

うちの近所の本屋さんも閉店した。
駅前ともあってコロナ禍の影響を強く受けたのではないかと思われる。
書店、出版業界は、大体私が小説を書き出した頃からどんどん下降を続けている。
流行にそっぽを向く私の性格がこんなところにも現れるとは。
でも出版とネットの両方を見てきた者としては、出版業界の動きの鈍さも大きかったと思う。
amazonに頼らなくても、いくらでもプラットフォームが作れたはずなのに。
街の小さな本屋さんがなくなっていくのは寂しく、心配でもある。



5月17日(火)
[今日の独言(ひとこと)] 夜のお店もマスク付きで遊ぶのかしら
私にはあまり馴染みのない世界だが、風俗嬢の写真は手で口元を隠して映っているものが多い。
気になる18歳以上の人はネットで適当なお店を検索してみると分かる。
大体の女の子は、一昔前のぶりっ子のように手で口元を、より具体的には鼻から下を隠してポーズを決めている。
これでは一人くらい口裂け女が隠れていても分からないだろう。

風俗嬢が口元を隠して写真を撮るのは、いわゆる身バレ、身内や周囲の人に自分が働いていると知られないためらしい。
髪や目は手軽に化粧や整形手術で細工ができるが、鼻や口、そして顎のラインは誤魔化すのにも限界があるからだ。
昔は目に黒線やモザイクを入れたり、手で隠したりすることが多かったが、それではバレることが多いことに気づいたらしい。
人間は相手の顔をパーツではなく、輪郭と配置で見分けている面が大きいからだ。
テレビで犯罪者や撮影NGの目元隠しがなくなったのもそういう理由だろう。
目元だけでは隠した内には入らないからだ。

さらに言うと、日本人は目元に比べて鼻と口と顎に自信のない人が多いように思う。
それもやはり目元とは違って化粧だけでカバーしきれないので、素の自分をさらけ出すことへのコンプレックスがあるのだろう。
実際、鼻筋の途中から上半分はもの凄い美人なのに、下半分はあまりそうではなく、その落差にがっかりすることもある。
このがっかりは容貌そのものではなく、上下のバランスが不自然だから感じる面も多いだろう。
風俗嬢も容姿が大切だろうから、口元は隠したほうがいいと思うのかもしれない。
そしてあまり化粧をしない男性に対してはそんな風に感じることは少ない。
というか、男が口元を隠すと逆に気持ち悪いと思われる風潮があるから面倒だ。

近年のコロナ禍で印象に残った出来事として、欧米人のマスク嫌いがある。
あれだけ危ないと言っているのに、みんななかなかマスクを付けようとはせず、付けても外させてくれとデモを起こし、外しても良いとなると日常が取り戻せたかのように喜んでいた。
そんなに嫌なの?と思ったが、そんなに嫌なのだろう。
口元が隠れるとコミュニケーションが取り辛いという話もあったが、それ以上に嫌なのだろう。
国・政府から指示されるのが嫌だという精神もあるのかもしれない。

私はマスクのお陰で仏頂面と気づかれにくくなるので助かっている。
体調が悪くなくても、風邪をひいていなくても、やましい気持ちがなくても、いい歳のおじさんが付けていても不自然と思われなくなったのは良かったと思っている。
できれば覆面レスラーのように全部隠して過ごしたいくらいだ。
口、開けっ放しやんけ。

[一日三報]
[産経新聞] 「はげ」発言セクハラ認定 英雇用審判所が判決

今日のハゲニュース。
女性や若い人には分かりにくいかもしれないが、ハゲというのは物凄くセンシティブな話題だと多くの人に知ってもらいたい。
たとえば女性にも体質や病気や年齢でハゲになっている人も多いし、子供にもハゲはいる。
彼ら彼女らに向かってハゲ呼ばわりすると、それはひどいと眉をひそめる人が大半だろう。
ところがおじさんのハゲに対しては容赦ない場合が多い。
これを差別ではなくなんと言おうか。
しかもその多くはハゲていない男性が言っているから始末におけない。
という感情論はさておき、そろそろハゲ呼ばわりされた人たちの逆襲が始まると思うので、言動には気をつけたほうがいいよ。

[withnews] 踏切で愛犬が「ギャン」理由を知りたい飼い主は鉄道会社にメールした

炎上案件かと思った私の心は汚れている。
双方ともに紳士・淑女的なニュース。
ただこれ事実を知ってレールの電気を感じようと手や顔を付ける人が現れるかも。

[CNN] もっとぐっすり眠りたい? そんな人に筋トレのすすめ 米新研究

今日のタイトル完結。
グーグルがEU各国メディアと記事抜粋表示で使用料支払う契約を結んだ、結ばされたニュースもあるが、それはこういうヘッドラインを見かけたら、もう中身を読まなくてもいいとなる状況もあるだろう。
適度な運動はご飯がおいしく食べられるし、夜もぐっすり寝られるのでいいよ。
おわり。



5月10日(火)
[今日の独言(ひとこと)] バックスペース宙を舞う
先日のニュースによると、横溝正史の直筆原稿が親族の別荘で見つかったらしい。
「仮面舞踏会」の草稿約650枚で原稿用紙は20字×10行と、当時の作家がよく使用していた400字詰め原稿用紙の半分を1ページとしたものだ。
写真を見る限りでは保存状態もよく、相当綺麗な文字で丁寧にしたためられている。
横溝正史は元々銀行マンだったり編集者だったりしたので割と字も綺麗に書くほうだったのだろう。

私は運とタイミングとほんの少しの才能で作家になったが、そのタイミングの一つにパソコンの普及とワープロソフトの充実があったと考えている。
作家のくせに手書きの作文など高校を出てからは書いたこともなく、また今後も書くことも絶対にできないだろう。
小説は一作品にだいたい15万字くらい書くので、400字詰め原稿用紙だとびっしり詰め込んで375枚。
ざっくり見ても400枚か500枚くらいになるだろう。
私は根気が足りないので、手書きでそんな作業ができるとはとても思えないのだ。

原稿用紙に小説を書けない理由のもう一つに、手戻りの多さがある。
私は書きながら滅茶苦茶に手戻りして書き直す癖があるので、鉛筆やボールペンで執筆していたら継ぎ接ぎだらけで真っ黒になって読めたものではなくなるだろう。

先日にはとうとう、キーボードのバックスペースキーが壊れた。

書き物の仕事をしているさなか、いつも通りダイナミックに書いた原稿を手戻りしていたら、右上のバックスペースキーがカッシャーンと飛んでいった。
拾って詳しく調べてみたら、どうやらキーの板とボタンの隙間を担っていたパンタグラフ(パンダの成長記録)が破損してしまったようだ。
バックスペースキーがないと仕事にならないので何とか無理矢理付け直してみたが、プラスチックが破損しているのでどうにも反応にガタつきがある。
何度叩いてもカーソルがバックしないかと思うと、いきなり暴走してみるみる文章を削り始める始末だった。

さすがに「バックスペースキーが勝手に文字を消していくので仕事になりません」では客も納得してくれないので、なんとかしなければならない。
ところが私が使っているパソコンはノート型でキーボードが一体型なので、修理のためにメーカーへ送るにもパソコンごと送らなければならない。
それでは困るので、可能ならばパンタグラフだけでも送ってもらえないかと問い合わせているが、それもゴールデンウィークのせいで今のところ無反応のまま放置されている状況だ。

仕方がないので、今のところはできるだけバックスペースキーを使わず、デリートキーで対応している。
しかし慣れていないので、どうにも使いにくくて困る。
そしてたまに忘れてバックスペースキーを弾いて、またカッシャーンと飛ばしてしまう。
すいません、バックスペースキーが宙を飛ぶので仕事になりません。
早くなんとかしないといけない。

[一日三報]
[Gigazine] 空想中毒は独立した精神障害かもしれないという研究結果

それなりに人生を送ってきて分かったことがある。
人は大抵、何かしらの精神障害を患っている。
また人は大抵、何かしらのアレルギーを持っている。
正常か異常かは、医療機関に認定されて、支援を受けられるかどうかの差に過ぎない。

[CNN] 世界の海面は上昇、アイスランドでは下降 地球の裏側に流れる水

今日の知らなかった異常気象。
そろそろ気候変動を食い止めよう、ではなく、気候が変わってからどう生きよう、を検討すべき時かもしれない。

[Thai Hyper] 妻の遺体と暮らして21年、バンコクの男性(72歳)が火葬を決断

色々気になる点はあるが、それがタイだから、の一言で納得できる気もしたり。
”なお、妻の死亡届は提出されていたため、男性は遺体隠匿の罪等には問われません。”
凄いな流石は微笑みの国。



5月3日(火)
[今日の独言(ひとこと)] 偽史が正史となる日もある
むつ小川原国家石油備蓄基地という施設がある。
青森県上北郡六ケ所村にある施設で、1973年のオイルショックを契機に、むつ小川原開発計画地域内に国家石油備蓄事業の第一号として建設された、とウィキペディアにある。
今話題の石油、もっと安価で安定供給に努めてほしい石油。
現在は石油天然ガス・金属鉱物資源機構「JOGMEC」が管理しているそうだ。

『むつ小川原国家石油備蓄基地開発事業記念』というコインがある。
言葉通り基地の開発事業を記念して鋳造されたものらしく、裏面には『日本国』『千円』の文字がある。
いわゆる記念硬貨というもので、今でも時折見つかっては話題になるようだ。

ところが、実はこのコインは財務省・造幣局が発行した記念硬貨ではない。
当の石油備蓄基地も存在を把握していない、偽の記念硬貨だ。
それは、たとえばコインに制作年がないことや、貨幣の価値が千円と安価であることからも分かるだろう。
ネットの調べによると近隣のドライブインか食堂が作った物ではないかと疑われているが、確定には至らなかったらしい。
想像するに、地域に巨大な施設ができたのでそれをアピールするために作った物で、偽造や世間を騒がせる意図はなかったのだろう。
なおJOGMECによると10年20年に一度問い合わせがくる幽霊のような存在だそうだ。

「竹内文書」というものがある。
神武天皇以前からの日本の歴史に触れている古文書で、有名な逸話としてはイスキリス・クリスマス(イエス・キリスト)はゴルゴダの丘で処刑されておらず青森県の村で亡くなったというものだ。
他にも日本は世界の中心であり、歴史上の偉人の多くが来日し、また3000年以上前の天皇の子孫が世界に散らばりニューヨークやボストンなどを作ったという。
ちなみに青森に来たキリストの奥さんはユミ子さんという方で、娘が三人おられたそうだ。
どう見ても偽の古文書、ニッポン万歳な偽書というものだが、昭和の初めごろにはそこそこ話題となり、青森には今もキリストの墓が存在し6月には盆踊りも行われているらしい。
出所は天津教という現在もある宗教団体だが、そこでは「竹内文書」は聖典として扱われているそうだ。

私は宗教にはフラットな考えを持っているので、それを真だとおっしゃるなら、それはそれで結構だと思っている。
ただ、先の記念硬貨の話で思い出した次第だ。
一方で見知らぬ記念硬貨や古文書が真実の世界線も想像してしまう。
歴史の真実というのは実は未来によってコロコロと変わるものなので、いつかは嘘と真実が逆転するかもしれない。

[一日三報]
[CNN] 世界最高齢認定は「悲しい栄誉」、チョコとワインを楽しむ118歳の修道女 フランス

先日、世界最高齢だった日本人女性が亡くなられたので、ランキングが移動したらしい。
しかし修道女の彼女にとってはあまり嬉しくもないようだ。
確かに、周りもその下の世代もどんどん天国に導かれているのに、自分だけ取り残されているのは寂しい。
おめでとうと言うのも今を生きる者たちの勝手な言い分なのかもしれない。

[ITmedia] 20~30代のお中元離れ深刻 「贈ったことない」が6割に

私も40代になるが、もらったことはあっても、送ったことはない。
でも習慣の違いというよりは、単純に住所を教えてもらえないという社会情勢も大きいと思う。
それでも昔はね、帰宅する上司の後を付けて家を割り出してね、お中元を送ってね、その上司からなんて健気な、天晴れな部下じゃないか!と認められる風潮もあったんだよ、本当に。
今じゃ通報されるけどね、そんな悪習なくなって良かったよ。

[産経新聞] 飼いネコは〝友達〟の名前認識 京都大など研究グループ

確かにそんな気もしたり、しなかったり。
でも犬猫の習性や認識能力って時々調査されるけど、中には本当におバカな子もいるよね。
人間と一緒で一律じゃないと思う。